大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」おわりに

大木あまり全著作再録のおわりに 最後に掲載した「シリーズ自句自解1 ベスト100」(2012年3月・ふらんす堂刊)は、大木あまり先生が第一句集「山の夢」(1980年6月・一日書房)から読売文学賞を受賞された第五句集「星涼」(2010年9月・ふらんす堂刊)までの…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P202

冬草や夢みるために世を去らむ 昭和五十二年、子宮筋腫の手術のときに受けた輸血が原因でC型肝炎になった。肝炎ってエイズの一種でしょ。感染しないかしら? と聞かれたり、色々な差別も受けた。他人を傷つけずにすむには自分の世界に閉じ籠るしかなかった。…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P200

終戦の日は四歳で泣き虫で 終戦の日から、小学生の長姉は一家の柱のような存在だった。長じてからも、もの静かだが理論家。しかし思ったことは即、実行する彼女は、ロマンチストで夢追い人? ばかりの家族をまとめ、あらゆる面で支えてきた。 長姉は、私が四…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」p198

木の枝に白き茸や七五三 近くの白山神社は、七五三の親子で賑わっていた。袴姿の男の子も大人びて素敵だし、千歳飴をさげた女の子が氏神さまに参詣する姿も可愛らしい。さそく句に詠んだが何となく満足できない。句材を探し神社を歩いていると木の枝に白い茸…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P196

春風や人形焼のへんな顔 街の雑踏の中で孤独になりたいときは浅草に行く。そして、かならず立ち寄るのが人形焼の店。甘い匂いと共に焼き型から人形焼ができあがる。人形町の人形焼は七福神だが、浅草のは、観音様や雷神? 儒学者の文人石の顔にも似ているの…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P194

青き菜に光のうごく二月かな 一人で吟行するとき、飯田蛇笏の〈おりとりてはらりとおもきすすきかな〉を頭にインプットさせて家を出る。今日こそ、この芒の句のように季語そのものを詠んだ句を作るぞ! 苦手な一句一章を克服すべく、日夜、いや、吟行のとき…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P192

頬杖や土のなかより春はくる 地中から芽を出した蕗の薹を籠に摘む。花茎の淡い緑黄色はいかにも早春の色だ。それが済むとこんどは、小松菜の収穫の手伝いだ。小松菜を畝から引き抜く。すると、土の匂いとともに春の息吹がした。 昼食のあと、頬杖をついてい…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P190

蹄鉄の釘目の見ゆる馬を洗ふ 三歳のとき、栃木県安蘇郡田沼町に疎開。八歳まで過ごした。夏休みになると友達と川で目高捕りや河原で蛇の卵を探したりして遊んだ。遊び疲れて帰る頃、青年が馬を洗っているのを偶然見た。川の水をざぶりとかけられ全身をごしご…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P188

蝶よりもしづかに針を使ひをり 春の昼、庭に白い蝶が飛んでいる。消えたと思うとまた現れる。今日は猫の蒲団のカバーを縫う予定だ。白い布に針をすっと入れる。蝶に虫ピンを刺したような感触。この感触を忘れるべく前に作った〈野の蝶の触れゆくものに我も触…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P186

猫のこのふにやふにやにしてよく走る ある寒い夜、農家の納戸に子猫がいると友人から電話があった。見に行くと、痩せ細った母猫と二匹の子猫が一塊になって藁の上で眠っていた。子猫の離乳期のあと、母猫に避妊手術をさせ、三匹を保護した。何度か逃亡したあ…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P184

濁流の音ここちよく節分草 隅田川へ向かって荒川の川沿いを歩いているときのこと。前日の大雨で川の水が濁っていた。流れる水の音を聞き留めようと目を瞠ると、清流のような気持よい音がする。意外だった。そこへ白い小さな五弁の花の咲く鉢を提げた婦人が現…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P182

膝ついて露けきものに栗の毬 栗好きの下の姉が朝露に濡れながら栗の実を拾っている。優雅に地に膝をついて……。なかなか絵になる風景だ。突然、「あっ!」と姉が叫んだ。栗の毬に触ったらしい。そして、「栗の毬のように毅然と生きなければね」と呟いた。さす…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P180

男郎花ここに早瀬の欲しきかな 東青梅駅で俳人の石田郷子さんが迎えてくれた車で三十分も走ると埼玉県飯能市。名栗の郷子さんの新居に到着。句作のフィールドを自然豊かな飯能に移し、今、充実の時を迎えている郷子さん。ご主人の禅さんも加わって話が弾む。…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P178

白地着て岬で待てと夢の父 父不在の変則的な家庭でも母を中心に兄や姉たちとの生活は楽しく快適だった。思春期になって父を必要としたことはあったが、父と暮らしたいとは言えなかった。複雑な父への思いを卒業したのは大学生の頃だった。それ以来、物分りの…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P176

足のつることもありなむ水馬 水面を敏捷に滑走したり跳ねたりする水馬を眺めていて、その涼やかさを表出したくて〈水馬すいつと水にあるひかり〉という句を作ったことがある。この「すいつと」が水馬の特徴。だが、水で生きる水馬にとって長い六本の足を巧み…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P174

刺草の根を張る母の日なりけり 母の日は、母の愛に感謝を捧げる日なので、母そのものを詠んだ句を多く見かける。そこで、少し観点を変えて詠んだのが揚句。刺草は茎葉の細かい棘に触れるととても痛い。葉や茎を守るためだ。その半面、若芽は柔らかくて美味。…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P172

朝顔の裂けて大きく見ゆるかな 高校生の私は、宿題に困り果て母に教えてもらった松尾芭蕉の〈あさがほに我は飯くふ男かな〉という句を真似て〈朝顔に我は猫飼ふ女かな〉というのを作って提出した。 俳聖芭蕉の句を盗作? した罰があたったのか、俳句歴四十年…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P170

殻ごもるでで虫を手に法隆寺 奈良に着くとすぐに飛鳥寺、般若寺、唐招提寺を拝観してから法隆寺に立ち寄った。山門に入ると、いきなり男の子が「真珠みたいでしょ、あげるよ」と言いながら私の手に小さな蝸牛を乗せてくれた。殻にこもった主は触覚や顔さえ見…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P168

麦笛や野に坐す吾はこはれもの 三十四歳のとき、子宮筋腫の手術を受けた。麻酔から覚め、「もう子供を産めないんだ……」、そう思うと悲しかった。悲しみに追い討ちをかけるように同室の妊婦さんたちから「子供を産めないなんて、一人前の女性じゃない。壊れも…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P166

鶏糞の匂ひのなかのチューリップ 友人のお爺さんは、鶏を何十羽も飼っていて庭続きの畑には、肥料のための鶏糞を積みあげた小山があり、春になると、鶏糞の山の裾を取り巻くようにチューリップが咲いた。私が第二句集『火のいろに』を上梓したとき、入れ歯を…

大木あまり「シリーズ自句自解 ベスト100」P164

雛よりもさびしき顔と言はれけり 雛は句材になりやすい。〈豆雛蕾のやうに着ぶくれて〉〈さからふを知らざる雛を納めけり〉〈ゆきずりの古き雛ゆゑ忘れ得ず〉。新作では〈夕闇の膝をくづさぬ雛かな〉〈風聞くは雛の歳月聞くごとし〉など私の思いを雛に託して…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P162

握りつぶすならその蝉殻を下さい この句、多くの人に温かい評をしていただいて幸せな出発ができた。いつの時代も弱者が犠牲になることに怒りを覚えて詠んだのだが、発表して良いものか迷った。以前に作った〈蝉よりも生き長らへて蝉の殻〉の句に比べ感傷的で…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P160

身をよぢる月の柱の守宮かな 荒(こう)ちゃんと名付けた子守宮は今夜も我が家のガラス窓にぴたりと吸いついて小さな虫を捕らえようと夢中だ。大きな守宮に邪険に小突かれても健気に自活する荒ちゃん。まだ、大きな守宮のように月光の差す柱に官能的に身をよ…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P158

逝く夏や魚の気性を玻璃ごしに しながわ水族館に行った。鮫やアザラシや古代魚など、ざっと見てからお目当の狼魚のところへ。口の大きさと獰猛さがうつぼ(魚へんに單)に似ているが、犬歯のある強大な歯が狼魚の特徴だ。水槽で涼しげに泳ぐ魚たちの中で狼魚…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P156

稲妻や辛子をいつも皿の隅 あるとき、いつも皿の隅に置かれる辛子の気持ってどんなだろう? と考えた。昔々、りんごの気持はよくわかる、という文句の歌があったけれど、たいていの人が皿の隅っこの辛子になど関心を示さないだろう。だが、そんな瑣末なこと…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P154

ひとりして萩のうねりをたのしめる 子供の頃から、ひとりが好きである。人間や動物や植物も好きだし、幸せなことに良い友達も沢山いる。もしかして、ひとりが好きなのではなく我儘で自分勝手なだけなのかもしれない。この句、ひとりで吟行したとき、白い萩を…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P152

かりそめの踊いつしかひたむきに あれは、盆踊の夜。町会長さんから「美人の奥さん、櫓の上で踊って下さいよ」といきなり言われた。美人と言われ、少しその気になったが、盆踊は初めて。原っぱで踊る輪の中に入れてもらいぎこちなく踊っていたが、手捌きを覚…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P150

遠足の子や靴下を脱ぎたがる 病気で吟行や句会に出られないときは、季語から想を練り、対象をあれこれ心に思い浮かべながら句作する。 掲句の場合は、実際に母親が靴下を履かせてもすぐ脱いでしまう子供がいたのを思い出して作った。公園での実景が遠足にな…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P148

火のなかのものよく見えてちちろ虫 晩秋になると毎年、焚火をしながら、飽きることなく掲句のような句を作ってきた。 今日は今年初めての焚火。段々に火が透明になってくるとなかの小枝や落葉の燃えるさまがよく見える。こんな美しい炎で自分の柩を焼いて欲…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P146

淡々と出て茗荷の子ゆるぎなし 茗荷は夏になると根元から別の新しい茎を伸ばし先端に花穂を出す。この若い花穂が茗荷の子。土から淡々と顔をのぞかせているので掘るのが簡単と思いきや意外に手強い。地下の根茎がしっかりと支えているからだろう。 笊いっぱ…