綴じ込みページ 猫-232

 TUMIのバッグをカミサンに買ってもらってから、二十年近く経つ。物持ちはわりといいほうだが、さすがのTUMIもいささかくたびれてきた。そろそろ交替の時期だろう。持ち主も相当くたびれているのだが、残念ながらこちらは交替がきかない。消耗して賞味期限が切れるまで、だましだまし使わなくてはならない。
 ほかのバッグに交換するにしても、なにを持ったらいいのか、カミサンがいないから至極厄介である。もう一度TUMIにしてもいいけれど、むかしはアメリカ製であったものが、いまは東南アジアで作られているらしい。これから二十年も持つことはないから、せいぜいぜいたくをいわせてもらいたい。できれば、日本製かヨーロッパ製、あるいはアメリカ製かイギリス製の革の鞄がほしい。


 そうおもってインターネットのオークションをみると、イギリス製のW&H GIDDENというメーカーの手提げ鞄が眼に入った。以前からほしいとおもっている形の鞄である。ふだん、鞄なんか気にして暮らしていないから、W&H GIDDENといわれてもなんだかわからない。わからないけれど、手提げとショルダーが兼用で、本体の両脇にたてにぐるりとひとまわりしたベルトで(二カ所)止めるようにできているそのスタイルが、もうなんともそそるのである。革靴や革のベルトのみならず、革の名刺入れ、革の定期入れ、それから革のジャケットというように、革製品に異常に興味を示すのは、これは革フェチであろうか。まあ、フェチだとしても、女性の靴に膝まづいて唇をつける気にはならないから、自己満足に促される自己完結性のフェチといえよう。


 出品から一週間後、入札件数51、入札履歴185という壮絶な戦いを乗り越えて、W&H GIDDENのビジネスバッグを落札したのは、だれあろう、終了十分前にあわてて入札したこのぼくだった。もうすこしで忘れるところであった。入札してからの十分間は、まさに息を呑むという表現がおおげさでない緊迫感に包まれた。あまりに緊張したため、いざ落札できたとわかると、気が抜けて、しばらく呆然としてしまった。いそいで湯を沸かし、渋い茶を淹れて、しみじみと飲んだ。胃のあたりに温かいものがひろがって、ようやく人心地ついてから、ぼくは立ち上がってガッツポーズした。猫がびっくりしたような眼でぼくをみた。


 さきほど、鞄が到着した。おもいのほか大きな箱で届いた。取り出した鞄も意外に大きかった。そして、重い。やや年季は入っているが、あと、二、三十年は使えそうなシロモノだった。落札したあと、同じような鞄を愛用している人々のブログを読んでみた。だれもが一様にその重量について言及していた。ある人は、職場の後輩から痩せ我慢の鞄といわれているのだそうである。そして、だから、TUMIのようなナイロンバッグに乗り換えたい、と書かれていた。