2009-09-01から1ヶ月間の記事一覧

指輪 7

「いやあ、驚きましたねえ」 ぼくは、お届けからもどって、鎌崎店長にそういった。 「えっ? とおもいましたよ。なんでここにいるんだろうって。それから、もしかして、公認になったのだろうかって」 「そういえば、似てるかな」 鎌崎店長が、おかしげにいっ…

指輪 6

釜本次長は、なぜかすぐには返品手続きをしなかった。 売れた形になっているものは、むろん店で売るわけにはいかないが、都内の顧客のお宅に外商に行った折りとか、自動車外商で地方に出かけたときに、積極的にこのエメラルドの指輪をすすめて、うまく売れた…

指輪 5

ジンクスというのは、どんな世界にもある。フジヤ・マツムラは古い店だったから、ジンクスなんていくらでもあった。そのひとつが、一度売れて返品された商品は、その後まったく売れなくなる、というものだった。 これは、おかしいくらい当たっていた。いった…

指輪 4

「釜本君。S酒造のK様は、なんといって買ってくれたんだい?」 不審気な表情で、鎌崎店長がたずねた。 「えーと、エメラルドを横向きにしたら面白いデザインやねえ、って」 やや不機嫌な表情の釜本次長が答えた。 「面白いというのは、そういうデザインなら…

指輪 3

車に戻って西村君と駄べっていると、しばらくして釜本次長がにこにこして戻ってきた。 「売れたよ、指輪」 先ほど、あれほど憎悪にみちた眼でぼくを睨んでいたのを、指輪が売れたうれしさで、すっかり忘れてしまったらしい。 オーナー夫人は、小柄で痩せた方…

指輪 2

はじめて釜本次長と自動車外商に行ったのは京都だった。セドリックのバンに大きな鞄を7個積んでいった。運転手はいつも早大の自動車部にアルバイトを頼んでいたが、そのときは西村君がマネージャーにいわれてやってきた。 西村君は、教員になりたかったのだ…

指輪

のちに芸術院会員になった日本画家のH先生のお宅に、釜本次長が外商に行った。 釜本次長は、店にじっとしていられない人で、手持不沙汰になると、やおら顧客のだれかに電話をかけて、外商に出かけて行くのだった。外商といっても、どちらかというとご用聞き…