指輪 3

 車に戻って西村君と駄べっていると、しばらくして釜本次長がにこにこして戻ってきた。
「売れたよ、指輪」
 先ほど、あれほど憎悪にみちた眼でぼくを睨んでいたのを、指輪が売れたうれしさで、すっかり忘れてしまったらしい。
 オーナー夫人は、小柄で痩せた方だったので、細い指に合わせてリングの寸法を直す必要があった。既製の指輪は、だいたい11号サイズに作ってあったから、リング・ゲージで指のサイズを測って、修理して納めることが多かった。
「それと、縦に付いている石を、横向きにしたいんだって。そういうデザインの指輪だったら、してもいいかなって」
 指輪は、1カラットのエメラルドだった。シンプルなデザインで、長方形のエメラルドのまわりに、小粒のダイヤがぐるっとひとまわり、取り巻いていた。この縦長に付いている石を、横長にするというのである。指輪のデザインとしては奇抜な発想だが、お年の割には若くてユニークな感じのオーナー夫人なら、案外似合うかもしれないとおもえた。
 このエメラルドは、色がよく、質もよかったので、350万円くらいした。
「でも、うんとまけてくれはらへんと、よう買わしませんよ、といわれちゃった」
 釜本次長は、うれしそうに電卓をたたいた。ちらと覗くと、300という数字が見えた。
 当時は、貴金属や毛皮には物品税という間接税がかけられていたから、たとえ値引きしても、販売価格の300万円にプラス15パーセント上乗せされて、顧客の支払い金額は345万円となった。
 逆にいうと、15パーセント物品税を加算されるのだから、それくらいは負けろといわれて、値引きのいい口実になっていた。この15パーセントは、商品を返品された場合、販売日から1カ月以内なら、手続きすれば戻ってきた。しかし、それをすぎてしまうと、もう返還してもらえなかった。この間接税は、消費税が導入されるまで続いた。
 エメラルドの指輪は、貴金属卸商からデザインとサイズが直って再納品され、京都のS酒造オーナー夫人に無事届けられた。無事ではなかったのは、オーナー夫人が、この指輪を購入する気がまったくなかったことだった。
 (つづく)