2017-01-01から1年間の記事一覧

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P106

ゆき合へる蟻の突立つ牡丹かな いつものように散策していると、森の中に屋敷があり、広い庭いっぱいに紅、白、黄の美麗な牡丹が今を盛りと咲き誇っていた。ふと足元を見ると蟻たちがせわしなく往来している。すると、出合い頭に二匹の蟻がまっすぐに立った。…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P104

青空の雨をこぼせり葛の花 夏から秋にかけて我が家の庭は葛に覆われ隣家も見えない。毎年、その時期になると待ちに待った香の客(まろうど)がいらっしゃる。客の正体は葛の花。その芳香に心癒され創作意欲も湧いてくる。甘美な香に猫たちもうっとり。だが、…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P102

凌霄に猫のあかるき肛門よ 晩夏になると庭のフェンスに巻き付くように凌霄が黄紅色の大きな花を次々に咲かせる。まるで約束したように咲く実直な花だ。 この句、石田勝彦先生は「猫ではなく象にしなさい」とおっしゃった。添削の名手の先生のご指導ではある…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P100

せんべいの瘤のさびしき日永かな 写真家で俳人である福島晶子の海の見える家で、海を独占しているような気分で二人句会をやった。席題は「春の波」と「椿」。だが、話ばかりして句会が進まない。茶請けのおせんべいに瘤のようなふくらみを見つけた晶子が「エ…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P98

金閣をにらむ裸の翁かな 急に金閣寺に行きたくなり、新横浜から新幹線に跳び乗って京都へ。金閣寺に着いたのは午後二時。うだるような暑さだった。眼前の金閣寺も水面に倒影したその姿も華美で趣があった。屋根の避雷針を発見して驚いていると大柄な老人が腕…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P96

牡蠣鍋や狂はぬほどに暮しをり 母の世話や心労で軽い鬱になったことがあった。そんな時、長谷川櫂さんが母と私を藤沢の自宅に招いて下さった。心づくしの手料理で私たちをもてなす櫂さんはその頃、記者としてまた俳人として多忙な日々を送っていらした。だが…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P94

風船かづら禁欲のいろ極めけり 風船蔓が、風船に似た薄緑の実をつぎつぎにつけるのを見て、この涼やかな若草色は禁欲の色だと直感した。そして、何かに耐えているような形から想を得てこの句はできた。 俳人、石田いづみさんは、風船蔓がお好きだった。風船…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P92

太陽や竹林といふ夏の檻 人間関係や句作に疲れると、近くの竹林の精神科によく通ったものだ。竹林の中に、精神科があり、医師がいるわけではない。竹林そのものが私にとって精神科であり、そこを吹く風や黒揚羽や木漏れ日が医師だった。空へ真っ直ぐに伸びた…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P90

木の揺れが魚に移れり半夏生 静岡県の柿田川湧水に、長谷川櫂氏、千葉皓史氏、私の三人で吟行をした折の作。 クレソンや水草が群生する柿田川は、澄んでいて小魚たちの動きがひと目見てよくわかった。水辺の草木が揺れるとそれが合図のように小魚たちは揺ら…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P88

枝炭の骨の音して山あかり 二十年前のことだが、山里の情緒に富む寺家という所に、茶道で火を起こすのに使う枝炭をよく買いに行った。田園都市線の青葉台駅からバスで十数分で行けるこの町は、炭を焼くことでも知られていた。ある日、炭屋に行ったとき、石灰…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P86

まだ誰のものでもあらぬ箱の桃 二十三歳の私の悩みは、交通事故のときに何針も縫った顔の傷跡だった。瞼、眉間、左の頰の傷跡の、紅く桃の断面のような生々しさ。母は私のことを「桃姫」と呼び癒えない傷なんてない! と励ましてくれた。が、何処に行っても…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P84

ことごとく裂け月の出の青芭蕉 月の出の時刻になると、帰宅する夫のあとを追いかけるように猫たちが帰ってくる。猫は体内時計を持っているのか、どんなに遠出していても、暗くなると戻ってくる。 月の出といえば、昔、黄金丸という猫を探しあぐねて空を見上…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P82

寒月下あにいもうとのやうに寝て 美大生のとき、ギリシャ神話を題材にした月と狩猟の女神ダイアナの絵を模写しながら、兄のアポロとダイアナは宇宙の片隅で、星座のベッドで抱き合い眠りながら、それぞれ違う夢を見たのでは? と空想した。幼稚な空想だが、…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P80

夫にして悪友なりし榾を焚く 兼題に出た「夫」で苦吟していた。農家でもらった桜の根榾を庭で燃やしながら想を練った。その頃の夫は、無愛想で辛辣で頑固。ニヒルな風貌からか、知人達に「眠狂四郎」と呼ばれていた。それで俳味を出すために反語的に「悪友」…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P78

猪鍋や大山の闇待つたなし 石田勝彦先生と結社「泉」の方々と大山周辺を吟行した。名物の豆腐料理が食べられると期待したものの、一行はケーブルカーで阿夫利神社へ直行。社務所の裏で秘かに豆腐のアイスクリームを食べようとしたら、「神の鹿を詠みなさい」…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P76

ぼろ市や空一枚を使ひけり 東京世田谷のぼろ市を吟行したときの作。第二句集『火のいろに』を上梓することが決まり、頻繁に吟行をした。無所属で俳句をやっている私を心配した石田勝彦先生がたびたび吟行に誘って下さった。 このときも、先生のお伴をして古…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P74

がちやがちやの森を壊してゐたりけり いろいろな虫の音があふれている夜の森で、ひときわ個性的なのが、がちゃがちゃとも呼ばれる轡虫。そのがちゃがちゃと賑やかでやかましい鳴き声が最高潮に達すると、森が壊れるのでは、と思ってしまう。それは轡虫の生態…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P72

遠雷や人を待たして人待たず 老母や猫の世話をしていて、待ち合せの時間にたびたび遅れることがあった。遅刻するだけでも迷惑なのに、吟行の最中に野良猫と遊んだり気儘な行動をするので、俳句仲間はたまったものではない。それでいて、待つとなると三十分が…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P70

飛火野の草萌え髪の伸びにけり 草萌えの頃の飛火野を歩いた。命あるすべての物が生の息吹を漲らせる春。春に髪の毛が伸びると感じるのも、ごく自然のことなのだと納得した。そこで、万葉の歌人・額田王気どりで詠んだ。他にも地霊の力を借りて〈草萌えに鹿の…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P68

猫眠亭と名付けてよりの朴落葉 我が家を猫眠亭(びょうみんてい)と名付けてから三十年が経つ。この家を初めて見に来たのは、五月の雨の降る日だった。買い物もバスで行くような不便な土地で生活できるかしら? その不安を払拭してくれたのが隣の雑木山に咲…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P66

白菜を洗ふ双手は櫂の冷え 冬の晴れた朝、白菜漬を作ろうと思った。それには、白菜を洗って干さなければならない。庭の洗い場で、水道の蛇口をひねり白菜をざぶざぶと洗う。白菜にあたる水しぶきが雨音のようで心地よかった。だが、時間が経つにつれ、冷えき…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P64

木枯や菊子夫人の菊づくし 北原白秋夫人の葬儀は、木枯の吹く寒い日だった。長兄の代理として参列したものの、菊子夫人と面識のなかった私は話しかけて下さる方々と会話がすぐにとぎれてしまう。仕方なく、借りてきた猫のように静かに参列者にお茶を出す手伝…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P62

イエスよりマリアは若し草の絮 絵や彫刻のマリアは、ピュアで若々しく自愛に満ちた顔をしている。それに比べイエスは老成した顔だ。「イエスよりマリアは若し」というフレーズに付ける季語は? と思ったとき、ふっと黄金の草の絮が目に浮かんだ。躊躇なくマ…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P60

太陽は果実のごとし秋の山 友人のTに誘われて高尾山に行った。お茶屋で色々なものを食べよう。その心積りでいたがTはダイエット中、おにぎり二個の昼食になろうとは……。やっとのことで薬王院がある頂上に辿り着き、俳句を作ろうと見渡せば金色に輝く太陽がマ…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P58

郭公や少年の家は竹の中 竹林の中に少年が住んでいた。彼が作った小屋には一匹の柴犬と二匹の黒猫。家族はそれだけだった。農家の手伝いをしながら自活する少年の唯一の楽しみは、化石のかけらをあつめること。疲れるとスティングのCD「セット・ゼム・フリー…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P56

ほうたるを双手に封じ京言葉 俳人の中村堯子と蛍を見た夜のことが忘れられない。あの夜、堯子は両手で摑えた蛍を薄い和紙に包んで私に渡してくれた。和紙から透けて見える青白い光は神秘そのもの。冷ややかな光を放つ美珠のような蛍。蛍火の美しさを際立てて…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P54

秘めごとや鬼雲となる夕焼雲 秘め事というほどのことでもないが、初心者の頃から山川蝉夫のファンだった。当時の日記を読むと、〈きみ嫁けり遠き一つの訃に似たり〉という彼の一句が書きとめてあり、その脇に小さな文字で「私がいるからだいじょうぶ」とだけ…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P52

三人の晩餐蜘蛛に見られけり 「この句は、具体的には、あまりと夫、当時同居していたあまりの母という三人の夕餉に想を得たものと思われる。が、『見られけり』と感受した瞬間、日常的光景が非日常の色彩を帯びた。……三人のかすかに緊張した関係も窺われるの…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P50

若葉冷え罪を問はれてゐたるかに 私が第二句集『火のいろに』を上梓した頃、母は俳句への情熱を失いつつあった。気になって「私が俳句に本腰を入れたからって安心しないで、自分のために俳句をやってね」と言うと「心の中で沢山作ってますよ。句集ができるく…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P48

地獄絵に風の牡丹を加ふべし 俳句を始めてから、地獄絵の句を読むたびいつか詠んでみたいと思っていた。 秩父のあるお寺で地獄絵を観たとき、真に迫った描写に圧倒された。だが、おどろおどろしたなかにも美しさのある地獄絵であってほしい。もし何か足すと…