2016-01-01から1年間の記事一覧

大木あまり詩画集「風を聴く木」『2-アトリエ』

アトリエ ひまわりの巨大な 頭ばかり 描いていた彼が いつからか わたしを描きだした。 わたしの身体を キャンバスにして。 好き勝手に 描きなぐり できた傑作といえば 「堕落」と題した マリア像。

大木あまり詩画集「風を聴く木」『2-すみれ草』

すみれ草 恋の話ばかり 女はしたがる。 未来のことばかり 男は話す。 シェリー酒の壜は もうからっぽ。 アンティークな鏡に 夜が映っている。 わたしといえば 杉の根っこに 凍えて 咲いていた すみれ草の話ばかり。

大木あまり詩画集「風を聴く木」『2-遺書』

遺書 ある夕暮れ。 ひと塊の氷となって わたしは死んでいるでしょう。 生きるために 必要のない 悲しみばかり 厚いコートのように 着ていました。 やっとコートが脱げます。 わたしにも春がきたのです。 なんと感傷的な夕暮れ。 最後に見るものは みんなきれ…

大木あまり詩画集「風を聴く木」『1-風を聴く木』

風を聴く木 アポリネールは 猫と理解しあえる 友達がいれば 幸福だといった。 しかし 幸福の似合わぬ 女は、愛を知ると いつも逃げる。 逃亡者のように。 逃げて 逃げて 疲れ果てて 振り向くと 樹海だった。 女には 吹く風が 水や炎の 音に聴こえた。 やっと…

大木あまり詩画集「風を聴く木」『1-野の梅』

野の梅 野の梅が散る。 アフリカでは 飢えた子らが 梅の花の匂いも知らず 乾いた頰に 蝿を鋲のように 貼りつけ 見つめ合っているだろう。 遊びを忘れ 指をしゃぶってばかり いる子らのそばに もう肉体とはいえない 父や母が 枯木となって 佇ちすくんでいるだ…

大木あまり詩画集「風を聴く木」『1-稲村ヶ崎』

稲村ヶ崎 レインコートがふんわり 空から降ってきた。 田村隆一のレインコートだ。 黄金の酒の匂いがするもの。 つまんでみると 諧謔と疲労で よれよれになった 詩神が レインコートの中で 気絶していた。 ああ、詩神よ 酒神と結ばれてはいけませんよ。 熟れ…

大木あまり詩画集「風を聴く木」『1-駅』

駅 桐の咲く風景が 見たくてあの日は 遠まわりして 学校に行く途中だった。 桐は駅ごとに 淡い紫の花を 咲かせていた。 電車がT駅に着くと あの人がぶらりと 乗ってきた。 そばに行こうとしたら あの人はひとりではなかった。 当惑して本を読みだした わたし…

大木あまり詩画集「風を聴く木」『1-巣箱』

巣箱 あなたが日本に いらしたら 地図に書いた あの森の巣箱を 見て下さい。 巣箱には いつも心を病んでいた 女の詩集と 骨が入っています。 まだ こおろぎは 鳴いていませんが 巣箱のあたりは 木や草が霞み 水音が聞こえているでしょう。

大木あまり詩画集「風を聴く木」『1-ミイラ遊び』

ミイラ遊び わたしたちに 禁じられた 遊びなど ひとつもなかった。 それなのに わたしたちの 遊びといったら 全身にシーツを巻きつけ ゴロゴロと アトリエの床を 転がる ミイラの遊び。 うまく転べなかった方が さよならをいう ミイラの遊び。 今も 遊んだと…

大木あまり詩画集「風を聴く木」『1-青ざめた夏』

青ざめた夏 それぞれの夏がやってきた。 二六歳と 二四歳と一九歳の夏が。 この夏も わたしたちは 悪夢を見るのだろうか。 世界の片隅に 呪われた血で 繋がれている 迷い子。 空に置きざりにされた 昼月のように もろく危うい 迷い子たち。 青ざめた夏の 一…

大木あまり共著句集「猫二〇〇句」『冬/新年』

冬/新年 夢の入口 野水仙猫は狩の眼してゐたり 冬靄の猫の喉より潮騒音 雪が雪追ふ犬ホテル猫ホテル 極月の猫を走らす長渚 猫抱いて夢の入口さがす冬 捨て猫に青く灯れる聖樹かな 汝は猫科寒い吾は霊長目ヒト科 (な/わ) 猫にくる葉書一枚石蕗の花 (つわ)…

大木あまり共著句集「猫二〇〇句」『秋』

秋 葡萄の闇 猫の仮面つけて月夜に契るかな 猫撫でて水の都の秋深し 波音にかこまれ猫の眠る秋 猫走る月のひかりの石畳 露けさの猫抱き聖女くづれかな 台風のそれてぴいんと猫の髭 猫の餌君に持たせて月の町 猫の傷口月光さへも痛からん 秋風の猫がよぎるや…

大木あまり共著句集「猫二〇〇句」『夏』

夏 青猫忌 猫の耳は切符の固さ夏に入る 我が猫に少年期あり柿の花 青梅を猫がころがし世紀末 猫怒る寺山修司の忌なりけり 白く咲く鉄線猫の地獄耳 ずぶ濡れの猫茴香の花の前 (ういきょう) ひまはりに八つ当たりしてからす猫 世界に火つけんと猫の尻つぽか…

大木あまり共著句集「猫二〇〇句」『春』

春 熱き舌 春風のやうに猫きて糞をせる (まり) 猫の子のはやばや闘志みせにけり 子猫にも熱き舌あり花杏 子猫の爪切つてベニスへ行く話 菜の花や猫の柩は布一枚 猫死んで若布の桶に日がいつぱい 招かざる猫の来てゐる雛祭 出不精猫桜は待つてくれません (…

大木あまり句集「星涼」百五十三頁〜百九十一頁

星涼 百五十三頁〜百九十一頁(了) ももいろの吸取紙と春蚊かな 春の鳥まばらに飛んで猛々し もの思ふ春の障子の外にゐて 春風や人形焼のへんな顔 行き暮れて葉ばかりひかる玉椿 刀剣を立てかけ何もかもおぼろ 谷に住む若き男や蚊遣香 箱庭の墓場のやうな静…

大木あまり句集「星涼」百十五頁〜百五十二頁

星涼 百十五頁〜百五十二頁 瓜食べてときめく心なくもなく 馬の子のぬるりと生れ旱星 蝉の鳴く夜のコンビニの子供たち 糞引いて闘魚あらそふ夜明けかな 繕はぬ浮巣がひとつ風の中 水馬交むや影のなきごとく 幽霊は季語かと問はれ瀧の径 細長き森を出てゆくと…

大木あまり句集「星涼」七十九頁〜百十四頁

星涼 七十八頁〜百十四頁 呼ぶまでは隠れておいで初雀 如月の海みて口に吸入器 君若し節分草の鉢提げて 高みより猛禽の声春氷 昼寝より覚めて片手をついてゐる 涼しさを力にものを書く日かな 夜濯の着てゐるものを脱げといふ 涼しくて古きは母の喪服かな し…

大木あまり句集「星涼」四十一頁〜七十八頁

星涼 四十一頁〜七十八頁 夢の世や水をめぐりて通し鴨 人とゐて郭公の鳴く遠さかな 子がをりて湯船に波や麦の秋 目礼の藺草慶子よ鳰は巣を 不発弾のごと草なかの蟇 早鮓や膝を叩いて幸せか なめきじの身の透くほどの豪雨かな 蝶ひとつ目まぐるしくて涼しくて…

大木あまり句集「星涼」三頁〜四十頁

星涼 三頁〜四十頁 菜の花の色であるべし風邪の神 鼻に皺ある恋猫となりにけり 遠足の子や靴下を脱ぎたがる 猫に鈴われにおぼろの紐一本 日焼して億光年を話す子よ うち仰ぐ「裸のマハ」や避暑の宿 干し草は脱ぎたるもののごとぬくし かりそめの踊いつしかひ…

大木あまり句集「火球」百六十二頁〜二百五頁

火球 百六十二頁〜二百五頁(了) 血を採られゐて鯛焼の餡恋し 坐りゐるみんなに春の来りけり 遊ばんと来て梅林の寒さかな どの幹も水に傾く梅の花 釜のふた紅梅は枝張りにけり 梅二月買ひたいものに文庫本 紅梅や土の埃の立つところ 月光の色して梅の傾けり…

大木あまり句集「火球」百二十六頁〜百六十一頁

火球 百二十六頁〜百六十一頁 雲速し母のあらざる秋にして 猫走り出て括り萩括り菊 稲みのる暑さや膝を立てもして 稲車押し青空についてゆく 萩括る馬の尾つぽも括りたし 残菊や馬一頭を洗ひあげ 父の忌の海の上なる星座かな 秋風に羽開くものたたむもの 胡…

大木あまり「句集 火球」八十六頁〜百二十五頁

火球 八十六頁〜百二十五頁 湯豆腐や貧乏ゆすりやめたまへ 艫綱の氷つてゐたる潮かな クリスマスツリーの下のブルドック 餅花に叩きをかけて世紀末 (はた-き) 節分の風唸りゐる海の上 怒る前の河豚の顔とはこんなもの 蹼のあたりに落ちて藪椿 (註:みづか…

大木あまり「句集 火球」四十四頁〜八十五頁

火球 四十四頁〜八十五頁 舞塚にきしねんねこの掃きはじむ はんてんの子の咳をする吉野山 耳たぶは果実のごとし初氷 大波をあやつる海や十二月 浅草の灯のつぶらなる冬の潮 ぼろ市のあとかたもなき日向かな 福助の頭にをるや冬の蠅 プードルのやうな白菊冬館…

大木あまり「句集 火球」三頁〜四十三頁

火球 三頁〜四十三頁 青空の雨をこぼせり葛の花 うやうやしき波の列くる懐手 マフラーのあづけものあり父の墓 鬼は外さびしき春を招くなり 焦げくさき風の吹きたる鱵かな (註:さより) 職人の座布団薄し鳥の恋 ゆるゆると身支度しをる桜かな 子燕の必死の…

大木あまり「句集 雲の塔」『第四章 魚のやうに』

第四章 魚のやうに 九十五句 弓なりの干潟となりぬ網雫 汐干狩雲に狩られるごとくをり 高風の貝を掘りをる愁ひ顔 洛北や花屑もやす薄煙り 夢殿にさげて一穂の麦青し ゴールデンウイークの数珠使ひけり くつがへる藻草の紅き端午かな 使はざる枕の匂ふ麦の秋 …

大木あまり「句集 雲の塔」『第三章 金閣』

第三章 金閣 九十七句 合歓の木や目覚めのはやき蛇の舌 金閣をにらむ裸の翁かな 金閣の裾を団扇で煽ぎけり 梅雨茸をたふし金閣去りにけり 郭公や煙が煙押しあげて 竹林はこの世のくらさ蛇の衣 明易の日矢の一矢を畝傍山 奈良盆地猫も歩かぬ暑さかな 女身より…

大木あまり「句集 雲の塔」『第二章 草の花』

第二章 草の花 八十五句 喪の家の焼いて縮める桜鯛 玩具箱遺されにけり花水木 昼顔や蕊のまはりのうすぼこり ヘミングウエイに似し老人の夏袴 波ころしまでを陸とし麦の秋 父の日のひかりはなさぬ岩畳 小百足のみづみづしきを打ちにけり 家々のことりともせ…

大木あまり「句集 雲の塔」『第一章 蕗の雨』

第一章 蕗の雨 九十三句 太陽をうたがはず山眠りけり 菜の花や怒り足らざる波頭 おぼろなる仏の水を蘭にやる 鎌よりも指が鋭き春の蕗 泥棒日記の男が死んで花盛り (ジャン・ジュネ逝く) 鳥雲に塔婆は薪となりにけり さらさらと葱に風くる復活祭 炎昼のチェ…

大木あまり「句集 火のいろに」『花冷え』

花冷え 1984〜1985・4 墓にきて揚羽の恋のゆらゆらと (投込寺(浄閑寺)) 猪を火伏せの神に箒草 (投込塚豕塚) 一葉の路地の欲しきは白雨かな 鳴かぬ蝉鳴く蝉一葉仕入れ (一葉記念館) 朝顔や三ノ輪の猫のこぎれいに 遠雷やたどりて吉原今昔図 下町に隠…

大木あまり「句集 火のいろに」『火のいろに』

火のいろに 1982〜1984 牡蠣を揚げイエスが夫の尼僧らは 鴨の餌を水輪に投げて元闘士 煉炭の燃えどき猫の不仲なる 寒柝や山の蛾壁になりきつて 雲は冬残留孤児の富士額 葬送にゆりかごの唄冬木の芽 詩人らの立ちて暖とる風の中 木枯や菊子夫人の菊づくし 冬…