大木あまり句集「星涼」三頁〜四十頁

 星涼    三頁〜四十頁


菜の花の色であるべし風邪の神
鼻に皺ある恋猫となりにけり
遠足の子や靴下を脱ぎたがる
猫に鈴われにおぼろの紐一本
日焼して億光年を話す子よ
うち仰ぐ「裸のマハ」や避暑の宿
干し草は脱ぎたるもののごとぬくし
かりそめの踊いつしかひたむきに
盆のもの引きつつ早き潮かな
赤梨を振るやかすかに水の音
けふも来てゆるき糞する小鳥かな
友癒えよ桔梗撫子葛の花
ひとりして萩のうねりをたのしめる
稲妻や辛子をいつも皿の隅
煮崩れの小魚九月十一日 (米同時多発テロ
近寄れば鼻のいきれに男郎花
雨あがりひとしほ秋の薊かな
よしといふまで消えるなよ曼珠沙華
かくれ喪や胸の高さに藤袴
新宿はひつそり木の実降るところ
野路菊に虫の羽音の暮れてなほ
橋あるはよし無きもまた十三夜
触角のごとく枯れたり水引草
骸くるむ毛布何枚あらうとも (アフガニスタン戦争)
子の靴の干せばちぢむや霜の菊
かの僧の鬼火描きて後不明
海上の星ちかちかと初詣
夜の川光つてゐたり猫柳
子燕に鼻の穴ある涼しさよ
音たてぬものこそよけれ夕虹も
百合の斑のごとくに耐へて雨の中
逝く夏や魚の気性を玻璃ごしに
父よ母よ乗りませ茄子の裸馬
父母のうしろに猫や瓜の馬
瓜の馬熟れてありたる嵐かな
女郎花蟻まよふまで茎長し
毒の棘しづかに立てて貝の秋
子と魚に糸切り歯あり天の川
台風がくる樫の木のつくつくし
草原に舟をつなぎて世阿弥の忌
松の塵ふりかかりたる茸かな
月の出の草の深きを言ひにけり
減りもせず月にゆれをる猫じやらし
すこし泣く今宵は月の客にして
身をよぢる月の柱の守宮かな
こんなにも夜空がありて菊膾
愛猫は火薬の匂ひして月夜
人送る月にひしめき蛍草
すいつちょに灯さぬ部屋の人形かな
撫子も病みたる人も塀の中
うたた寝をしつつ逝きたし木の実降る
モノクロの映画うるはし芋嵐
思ひ出はこの東塔と月明と
去ることが答へか秋のつばくらめ
天使の羽根ちらせしごとき菜屑かな
冬の星みえざる店の便座かな
こぼれたる画鋲を掃いて春よ来い
皺のなきヌードさびしと鬼やらひ (写真家・沢渡朔のアトリエ 三句)
片栗の花撮りし日の自爆テロ
鳥の巣に腕くむ沢渡朔かな
魚に手をあてて捌くや春霰
鱵食うて血の一滴まで詩人 (さより)
花の種柩に入るる約束を
野遊びのやうにみんなで空を見て
陽炎を来て馬の尾の乱れなく
空爆がはじまる葱の花に虫
いとけなき鮎の焼かるる河原かな
握りつぶすならその蝉殻を下さい
百合の柩閉めても百合の匂ひけり
涼しさを言ふや歩きては止まりては
青芝や馬の背中を踏むやうな
滴りを聞くべく至る難所かな
傘さして見る断崖の捩り花
羚羊の鈴涼しとも重しとも
願はくは滴りこそを死水に