大木あまり句集「星涼」四十一頁〜七十八頁

 星涼    四十一頁〜七十八頁


夢の世や水をめぐりて通し鴨
人とゐて郭公の鳴く遠さかな
子がをりて湯船に波や麦の秋
目礼の藺草慶子よ鳰は巣を
不発弾のごと草なかの蟇
早鮓や膝を叩いて幸せか
なめきじの身の透くほどの豪雨かな
蝶ひとつ目まぐるしくて涼しくて
歩く音秋に入りたる鳥居かな
突風のさなかに逢ふに秋日傘
隠し翅みせて骸やいぼむしり
母の香の蚊帳の別れの惜しまるる
盃に浮かべてみたき実むらさき
暮れてゆく空に鳴きをる囮かな
短日や塔のごとくに銀杏の木
枯るるとは縮むこと音たつること
奇岩ぬれたる山吹の返り花
洛北のこの枯れざまをとくと見よ
鯛焼の袋が匂ふ夜汽車かな
雪を来て汝を連れ去りし夜の客 (悼 田中裕明)
人悼む大雪にして一夜なり
福笑ひむりに笑つてゐるやうな
あかき実の沈みしあとの手毬唄
暖房が効き過ぎ魚は水槽に
水餅の水をゆらして思ふこと
見つめあふことかなはざる雛かな
雨の日のほしきは古き男雛
雛よりもさびしき顔と言はれけり
風切つてくるつばくろよお帰りなさい
藁の灰しいんと鴨の帰りけり
鳥籠に青き菜をたし春の風邪
雪の日に似て花びらをまぶしめる
鶏糞の匂ひのなかのチューリップ
燃えかすのごとくに砂に干若布
野の藤のたかきにけぶる歌枕
とほき火の花の篝と知れば行く
よく歩くマリアの月の鶫かな
父のこと少し書きとめ燕の子
眠りつつ涼しき国へゆかれけり (回想 石田勝彦氏)
水馬すいつと水にあるひかり
人悼むために残れる鴨かとも
雷神を友にぞしたき水辺かな
麦笛や野に坐す吾はこはれもの
木の枝に鳥さかしまや電波の日
荒草を踏んで太宰の忌の近し
柿の花水にながるる荒びかな
病歴に似てながながと蛇の衣
木の鳥居くぐるや雨の蛇苺 (奈良 十三句)
身に飾るもの何もなき円座かな
殻ごもるでで虫を手に法隆寺
青嵐や弓の的とは睨むもの
長雨の木の根にいでし蜈蚣かな (註:むかで)
夕焼は遠し街からも誰からも
影もなき野や鹿の子にすり寄られ
でで虫の肉つつましき広葉かな
夏の蝶折れさうに足曲げてをり
薔薇の戸に竹刀たてかけ翁かな
箱庭の李白と夕日惜しみけり
羅のもう暮れきつて當麻かな
一山の竹ばかりなる夏の星
仏花より揚羽の似合ふ父の墓
白靴や激流をよくみるために
昼顔をかぞへて雨の離宮かな
秋風のすこし冷たき観世音
人の影踏んでもの喰ふ草の花
曇る日の我をみあげていぼむしり
汝が好きな葛の嵐となりにけり
色鳥や波なき水をさみしめば
遠目には白きかたまり曼珠沙華
朝顔の裂けて大きく見ゆるかな
夕冷えの砂より抜きし葉鶏頭
精悍な甥よ初雪にぎりしめ
伝言は凍蝶のこと猫のこと
三日はや山の畑に罠掛けて
呼ぶまでは隠れておいで初雀
如月の海みて口に吸入器