大木あまり句集「星涼」七十九頁〜百十四頁

 星涼    七十八頁〜百十四頁


呼ぶまでは隠れておいで初雀
如月の海みて口に吸入器
君若し節分草の鉢提げて
高みより猛禽の声春氷
昼寝より覚めて片手をついてゐる
涼しさを力にものを書く日かな
夜濯の着てゐるものを脱げといふ
涼しくて古きは母の喪服かな
しみじみと汗かいてゐる夜食かな
白鳥の悲しき声を旅始
あたたかし長き廊下と魂と
春愁をなだめてこんなところまで
口笛やあの日も水に花びらが
花の名をみんな忘れて帰りけり
督促状貼りつけるなら春月に
茎だけのもの見て春を惜しみけり
刺草の根を張る母の日なりけり
自転する地球よ苔は花つけて
足のつることもありなむ水馬
モノレール音なく麦の秋をゆく
この指にとまれぬ鳥は仏法僧
向日葵となら友達になれさうな
恐竜の威をもて交む蜥蜴かな (註:つる-む)
白地着て岬で待てと夢の父
海光や紙魚の頁をあけをれば
ばきばきとキャベツをはがして仲直り
青き眼涼しふつつかな猫ですが
乳房あらふほどあれば足る日向水
夏野行く聞きわけのよき足二本
帰る刻誰も言はざる涼しさよ
逝く夏の蜊蛄の子は砂のいろ (ざりがに)
古みちのゆきどまりなる草の市
ゐのこづち上着につけて微熱あり
象の背を箒で掃いて終戦
きちきちと鳴いて心に入りくる
寝ころべば鳥の腹みえ秋の風
口閉ぢよいまかなかなの岬の木
レイテ戦記皿の葡萄が消えてゐる
男郎花ここに早瀬の欲しきかな
膝ついて露けきものに栗の毬
断りもなく水洟や会議室
地につかぬ蹄の凍てて木馬かな
茶の花や別るるための集ひあり
昭和とは柵を出られぬ雪の馬
水を吸ふ凍蝶に紋ありにけり
木々どれも葉音をたつる初昔
鵯や元旦くらゐ静かにせよ
濁流の音ここちよく節分草
早蕨や風吹く水に鳥の影
豆雛蕾のやうに着ぶくれて
豆雛一夜一夜をたいせつに
さからふを知らざる雛を納めけり
ゆきずりの古き雛ゆゑ忘れ得ず
聞きとめし初音に髪を束ねけり
雫して名のみの春の柄杓かな
山笑ふ頃の約束ひとつあり
春霰やわれを小さしと思ふとき
猫の子のふにやふにやにしてよく走る
蝶よりもしづかに針を使ひをり
けふもまたこもれびあはし春の風
風船の枝にかかりてけものみち
野の蝶の触れゆくものに我も触る
笹粽家にて死ぬるつもりなり
あらあらときて足細き黒揚羽
貝殻のみなけがれなき母の日よ
冷麦や猫が八つ手の葉陰より
不良性いささかありて麦は穂に
うつむいて馬の照りゐる麦の秋
蹄鉄の釘目の見ゆる馬洗ふ
梅雨星や酒の肴をそぎ切りに
えご咲いて君の遺品のモンブラン
羽抜鳥雨に鷄冠を粒立たせ
ぺちやんこにならずにをりぬ蝉の殻
どこまでも貝殻道や洗ひ髪