2009-06-01から1ヶ月間の記事一覧

コート 21

ジェームズ・サーバーに「紳士は寒いのがお好き」という、文庫本にして6ページばかりの短篇がある。6ページだと、短篇でなくショート・ショートというべきか。 『そろそろ十一月の身を切るような寒い日がやってくるころ、ぼくの友人や同僚のあいだでは、ぼく…

コート 20

京都のパン屋さんのチェーン店の社長夫人は、試着したアルパカのグレーのコートを着たままソファにすわっていた。イタリーのアニオナのコートで、60万円だった。 「来週、社員をつれてバス旅行にいくところでしたんや。ちょうどよかったわ、うまい具合にいい…

コート 19

綿貫君は、その日、黒づくめの格好で出社した。 黒のコーデュロイの上下に黒のブーツ、白いワイシャツに黒のネクタイ、そして、その上から黒のコートを羽織っていた。時計の文字盤も黒だった(これはふだんから彼がはめているやつで、文字盤がオニキスのヴァ…

コート 18

店の前にベントレーが停まり、転げるように飛び出した運転手が後部ドアをあけると、おもむろに建築家のE氏がおりてこられた。奥で鏡に向かってにらみをきかせていた砂糖部長が、ぜんまい仕掛けの人形のような足取りで入り口に向かった。 「先生、いらっしゃ…