コート 20

 京都のパン屋さんのチェーン店の社長夫人は、試着したアルパカのグレーのコートを着たままソファにすわっていた。イタリーのアニオナのコートで、60万円だった。
「来週、社員をつれてバス旅行にいくところでしたんや。ちょうどよかったわ、うまい具合にいいコート持ってきてくれはって。なんぞコート、買わなあかんおもってましたんや。助かったわあ。バスいうたかて、どこかで降りて歩くんやて。かなんわあ。歩くの嫌いや。すこし痩せるのちゃうかって。あんた、よういうわ。うちの下のおにいちゃんみたいや、はっきりものいってからに。上の子は、わたしには無口やねん。遠慮があるんかな。下の子はいいたい放題やで。まん中の子は、病気がちやし。でも、みんな優しゅうしてくれはるから、感謝してます。家庭円満がなによりや。お金あったかて、あんた、冷たい家庭やったらしょうもないやないの。いろいろ気づかってくれて、やっぱり子どもはええで。あ、ごめんな。あんたんとこ、お子さんいてなかったんやな。なんでこさえへんやったんやろ。不器用ですからって、あんた健さんか。おばちゃーん(おてつだいさんのこと)、お茶替えてんかあ。こんどのおばちゃん、鞍馬山のほうからきてる人やねん。田舎の子や。がさつやけど、人間が正直でな、お財布、置いてても平気な人やねん。けどな、人は魔がさすちゅうこともあるさかい、置かんようにしてます。万一のことがあったら、本人がかわいそうや。ちゃんと気をつけてあげんとな。どっこいしょっと、太ったら立ち上がるのもひと苦労やで。あれ、なんでわたしコート着てまんのや。あ、そうか、気に入ったいうて、そのままはおってましたんか。これ、軽くていいわあ。いま、お金もってくるさかいな。おねえちゃん(下のご子息の奥様)のコートも見てもらおかな。安くていいんや。PTAに着ていくやっちゃ。あの人、わたしはなんにもいりませんいうて、買うてやるいうても、ほしがらへんのや。学校にジーパンで行こうとしますやんか。いくら飾りっけがないいうても、なあ。ちょっとはよそ行きになるもん、持ってへんとな。あれあれ、子ども幼稚園に送って帰ってきはったで。おねーちゃーん、こっちおいでえ。タカシマさん来てはるでえ。いま、あんたの話してたとこや。プレゼントするさかい、コート1枚お選び。好きなのでええで。それがいいんか。カサンドレ。イタリー製か。学校の役員会もいけそうやな。高くてもだいじょうぶや、タカシマさんにまけてもろたるから。なあ、タカシマさん、おねえちゃんこれほしいんやて、まけといてや。そや、お金払わんといかんな。現金、いつでも300万用意してあるんよ。あんたんとこと、呉服屋のゑり××さんのために。お父さんと二人してがんばって、ようやくここまで辿り着いたんやから、こんどはわたしらがお返しする番や。社会に還元せんと、お金がまわらんようになって、結局うちのパンが売れんようになるでしょう。あんたもそういう立場になったらわかるわ。かならず社会にお返ししてや」