2007-05-01から1ヶ月間の記事一覧

市川さんの話 16

市川さんは、月に20枚の約束で、フジヤ・マツムラの仕事を引き受けました。砂糖部長が、それでもいいからやってくれ、と懇願したからです。ところが、いつの間にか枚数がふえてしまい、自分の古くからの顧客にまで、手がまわらなくなりました。チロル以来の…

市川さんの話 15 (ちょっと痛い編)

市川さんは、ときどき、失敗をしました。 違うひとの生地を間違って仕立てる、なんてことはありませんが、別のひとの生地が重なっていて、うっかりいっしょにカットしてしまうくらいのことはありました。 ちゃんと伝票を見ないで、前回どおりに仕立てあげ、…

市川さんの話 14

市川さんのいたチロルという店の顧客には、当時の有名人もたくさんいました。東京急行電鉄(東急)の五島慶太氏もそのひとりでした。 自由が丘に新しく東急のビルが建ったとき、五島氏はチロルに声をかけました。 「お宅の支店をうちのビルに出せよ。敷金も…

市川さんの話 13 (やっとタイトルどおりになりました)

如来化成(株)の縦島氏(会社名も個人名もともに仮名)は、上得意のひとりでしたが、会社の社長なのに偉ぶらず、いつもひょうきんに冗談をいってみんなを笑わす方でした。下町生まれの下町育ちで、気っぷのいい江戸っ子でした。 その縦島氏が怒ったことが2…

市川さんの話 12

「 店の奥で、おやじ(チロルの社長のこと)がなにか削っていたんですよ。見ると浮きをナイフで削ってるんです、いくつも。魚釣りの浮きなんか、削ってどうするんですってきいたら、ダッフルコートのボタンにするっていうんです。だいいち、まだダッフルコー…

市川さんの話 11

市川さんは、学生のとき、ボクシングをやりました。 市川さんの年代で、ボクシング部に入るというのは、なんとなくイカレポンチを想像させます。市川さんも、それを否定しません。ちょうど、石原慎太郎とほぼ同年輩で、もちろん「太陽の季節」が出る前のこと…

市川さんの話 10

市川さんのお父さんの仕事場に、ときどき訪ねてくる男性がいました。 男性は、なにげなさを装って、お父さんが縫ったシャツを手に取って、こまかい部分をたしかめていました。 「あなた、見てもいいけど、ひとのシャツ、盗むなよ」(註、細部のつくりやデザ…