市川さんの話 12

「 店の奥で、おやじ(チロルの社長のこと)がなにか削っていたんですよ。見ると浮きをナイフで削ってるんです、いくつも。魚釣りの浮きなんか、削ってどうするんですってきいたら、ダッフルコートのボタンにするっていうんです。だいいち、まだダッフルコートなんか輸入されていなかったから、ちょっとしたのを着ているひとは、海外で買ってきたんですね。それに、浮きでこさえたボタンが付いていたもんだから、真似して作っていたんです。
 さっそく、メルトンの生地を買ってきて、ダッフルコート、つくりましたよ。なんでも作っちゃう店だったから。作れば売れちゃう時代だったんです。
 そのころ、ダッフルなんか置いていたのは、メンズウエアさんくらいだったんじゃないかな。自分のとこのオリジナルで。もちろん、国産ですよ。あそこのも、木のボタンだったかなあ。
 皮を買ってきて、ジャケットの肘に貼ったこともありましたっけ。あれって、もともと、ツイードのジャケットが古くなって、長く着てると肘の部分が薄くなって抜けちゃうでしょ、愛着わいてるから捨てるわけにもいかないし、それで穴をふさぐのに貼ったものなんでしょうね。必要だったから貼ったものが、おしゃれに見えると、なんともなってないのに、格好いいから貼っちゃえ、みたいなことになって。いや、べつにそれでもいいですよ、おしゃれは自分がいいとおもうように着ればいいんですから。
 それにしても、いいツイードなんかなくなりましたね。あれは、重くて固いほどいいんです。それが、だんだん身体になじんで、やわらかくなってきて、身体の格好そのままになるから、着たときとても楽なんです。いまどきのツイードときたら、ヘラヘラで、腰がなくって、はじめからやわらかいでしょ。薄くて軽いのがいいっていってた時期がありましたよね、何年か前。あれから生地に特徴がなくなって、どれもこれも薄くて軽けりゃいいって風潮なんじゃありませんか。
 こんなこといってると、古い職人だっていわれるんでしょうね。でもね、時代がすすんで、社会が裕福になって、技術も機械も進歩してるっていうのに、昔のいいものが作れなくなるって、なんだか変じゃありませんか、シャツ生地も。あたしら、昔の生地を知っちゃってるからね、困るんですよ。知らなきゃ、はいこれって出された生地で、はいこれねって作りますけど、知ってるからね、困るの。
 でも、そんなこといってちゃ駄目なんだろうな。時代がすすむと、枠がひろがって、どんどんいろんなものができて、選択の幅がひろがるんだなって、楽しみにおもってきたのに、かえって狭まってるのはどんなもんですかね。あ、また愚痴っちゃったかな、いけませんね、年とると」
(つづく)