2011-11-01から1ヶ月間の記事一覧

銀座百点 号外89

その書物は、M・Mの書棚に並んでいた。昭和十三年発行、定価八十銭というオクヅケの文字があり、彼女はそれを古本屋で買ってきたという。そして、その書物も、普段のときの私ならば見逃していただろう。たとえ手にとって開いてみても、その中から語りかけて…

銀座百点 号外88

「昭和34年(1959)35歳」の章に「私の文学放浪」からの抜粋が載っている。 M・Mに出会ったことは、作家の私にとっては幸運であったといえる。小説の材料を掴むために、私が彼女に接近を計ったのだという噂(文壇関係の噂ではない)を聞いたことがあるが、そ…

銀座百点 号外87

「吉行淳之介による吉行淳之介」の「昭和33年(1958)34歳」の章に、「初出と改稿」というエッセイが載っている。 昭和三十三年の秋から、ふしぎな一年間があった。その期間に書いた短編が七作ほどあるが、一枚も原稿用紙の書き損じがない。先日必要があって…

銀座百点 号外86

「童謡」が収録された「吉行淳之介全集」第四巻の月報に、「第四巻について」という短い文章が載っている。 「この集の最後の短編は、四十二年七月号掲載のものである。以来、四十三、四、五と三年間、一作も短編がない。四十六年一月からようやく掌小説を書…

銀座百点 号外85

久しぶりに、学校へ行った。あの友人は、少年の姿をたしかめるように眺め、 「すっかり良くなったね。今だから言えるけれど、見舞に行ったときはびっくりしたよ。とても、君とは思えなかった」 「うん」 少年は、短く答えた。 校庭の砂場の前には、少年たち…

銀座百点 号外84

翌日、寄宿先の台秤に載った少年は、また自分の体重が増えているのを知る。その次の日も、体重は増えた。じわじわと肥ってゆくのが、手にとって見えるような気さえした。どこまで肥るのか、自分でも不気味におもえた。肥りはじめてから二十日目(すなわち、…