2009-05-01から1ヶ月間の記事一覧

コート 17

「トレンチコートというのは、あれは戦争で着る作業着であって、おしゃれで着ている人はきっと訳がわかってないのだろうな」 高校の英語の講読の時間に、天ケ瀬先生がポツンといわれた。 たしかに、トレンチ(trench)は塹壕のことで、トレンチコートは、戦…

コート 16

島村先生の美容室をたずねたとき、先生はちょうど大事な顧客のお相手をしているところだった(註、2009-05-06「コート 13-4」参照)。先生は、ぼくの顔を見ると、あらあら、といった。 「わるいけど、いま、手が離せないから。あなた、時間はあるの? だった…

コート 15

入社した年の秋のことだ。 砂糖部長があわてた声をあげた。あまりあわてすぎたので、アワアワいうだけで言葉にならなかった。 眼を大きく見開いて、口をパクパクさせながら、表のドアを指さしている。ガラスのドアの向こうに、痩せた老人がウインドウを眺め…

コート 14

「新潟は雪深いから、半端なコートでは役に立たないのです」 村上市のA電工社長の西東氏は、釜本次長にそう答えた。秘書の方と社用で上京されたときのことだ。 釜本次長は、西東氏の薄いベージュ色のコートに眼をとめて、いいコートですね、といった。 「こ…

コート 13-4

3着持ってきたコートの、残りの2着はどうなっただろう。 桑名様のお宅をおいとましたとき、あたりはもう薄暗くなりはじめていた。ぼくは、さきほど、桑名様のお家が見つからなかったときのために、別の方にも目星をつけていた。ホテルのなかの美容室だが、き…

コート 13-3

ぼくがご覧に入れようとおもっていたのは、イタリー製アニオナのコートだった。衿にビーバーの毛皮を張ったカシミヤ・コートは、本当に素晴らしかった。同じ形で紳士物もあったが、そちらのほうは先に売り切れてしまった(註、2009-4-12「コート 9」参照)。…

コート 13-2

京都の展示会の挨拶まわりは、個人タクシーを利用していた。ぼくが入社する前から、表さんというおじさんがまわっていた。その頃、表さんはホテルの専属タクシーをやっており、うちの予約が入るとそちらを休んできていた(前のバンパーの上に袋をかけたプレ…

コート 13-1

桑名様とは、ずいぶんと相性がよかった。いや、長くおつき合いがつづいて、ずっとごひいきくださるお客様というのは、この相性のひとことにつきるのではあるまいか。 はじめてお目にかかったのは、京都高島屋の催事のときだった。年2回あって、東京から、老…