コート 14

「新潟は雪深いから、半端なコートでは役に立たないのです」
 村上市のA電工社長の西東氏は、釜本次長にそう答えた。秘書の方と社用で上京されたときのことだ。
 釜本次長は、西東氏の薄いベージュ色のコートに眼をとめて、いいコートですね、といった。
「これはアメリカ製なんですよ」
 西東氏は、コートの前を左右にひろげてみせた。
「メーカーは、どこのですか?」
 興味津々といった面持ちで、釜本次長はのぞき込んだ。
エディー・バウアー。アウトドアー用品のメーカーです。まず、形がビジネス向きでしょ。それに、中綿が入っていて温かいし、防水だから雨もだいじょうぶ。新潟は、雪が厳しいの。これまでで最高のコートですよ」
 釜本次長の顔が輝いた。
「それと、靴はイギリスのチャーチが一番です。絶対水がしみ込んでこない。いま履いてるのもそうですよ。いろいろ試してみましたが、これに限りますね」
 外反母趾で、釜本次長は履ける靴がきまっていた。だから、チャーチがいいときいても、ぜんぜん関心がなさそうだった。
 西東氏と秘書の方を見送ると、釜本次長はふり返ってぼくを見た。
「あのコート、よかったねえ」
 子どもがひとのおもちゃをほしがるように、この次長はひとのものが無性にほしくなるタチである(註、2005-02-11「井上靖さんと詩集」参照)。
「きみ、わるいけど、エディー・バウアーに電話して、あのコートがあるか、きいてもらえないかなあ」
 ぼくは雑誌の「ポパイ」や「ブルータス」を愛読していたから、問い合わせさせるにはちょうどいいとおもったのかもしれない。期待で次長の身体がふくらんでいるのがわかった。ぼくは、104に電話して、エディー・バウアーの電話番号をたずねた。
 5分後、次長の身体は前よりもっとしぼんでしまったように見えた。去年の商品だった。