2007-10-01から1ヶ月間の記事一覧

矢村君のこと その11

矢村海彦君は、自動車が好きだ。「CAR GRAPHIC」という雑誌は、高校の頃から読んでいて、佐賀の実家の押し入れの本棚には、創刊された1962年4月以来のバックナンバーが 整然と並んでいる筈である。 あるとき、いすずベレットGTの運転の仕方を、丁寧に教えて…

矢村君のこと その10

1970年代後半、渋谷の百軒店近くの路地の奥に、ぼくらが泥棒市と呼んでいた古着屋があった。ぼくらというのは、矢村君と田西君と、それからぼくだ。空き地のようなところに、囲いもないようなバラック建ての店が3軒、軒を並べていた。古着だけではなく、ちょ…

矢村君のこと その9

万年筆が2本、立て続けに壊れた。いくら大事に使っていても、すこしずつくたびれてゆくのだろう、経年変化という言葉が示すように。 ペリカンのMK30という万年筆を、雑誌で梅田晴夫という人がほめているのを読んで、さっそく購入した。1970年のことである。…

矢村君のこと その8

矢村君は、商船三井でアルバイトしていたとき、好意を寄せていた年上の美人社員とデートをすることになった。 ふたりは、西新宿の高層ホテルのレストランで食事をした。 高層階の窓際の席だった。 メニューもワインも彼が選んだ。 頭の回転の速い女性で、と…

矢村君のこと その7

矢村海彦君が書いた小説は、レーサーが主人公だった。レーサーといっても、ワークスお抱えのリッチなドライバーなどとは程遠い、町の自動車修理工場の若い経営者だった。 彼は、1年間必死に働いて、爪を灯すようにして貯めた金を元手に、中古のレーシングカ…