2010-01-01から1ヶ月間の記事一覧

彫刻 4

彫刻家のI先生には、釣りの趣味があった。 「なにを釣られるのですか」 と、ぼくはきいた。 「ふっ、鮒、ですね。鮒がいちばんおもしろい」 I先生は、若干どもる癖がある。 「釣り竿なんかにも凝られるんですか」 いいものが好きなI先生のことだから、釣り竿…

彫刻 3

I先生は、木彫の彫刻家だった。芸大では平山郁夫と同期で、木彫では平櫛田中の最後の弟子だといった。 I先生は、もっさりした風貌に似合わずおしゃれで、舶来の上等な衣類が趣味だった。ところが、カシミヤのカーディガンなどは、着ているのをうっかり忘れて…

彫刻 2

「あら、あなた、主人の作品を見たことないの?」 T先生の奥様は、持ち上げかけたコーヒーカップをまた皿にもどして、まじまじとぼくを見た。 ぼくは、ちょうどコーヒーをひと口すすったところで、あわてて飲みこんで、すこしむせた。 「はあ、まだ」 ぼくの…

彫刻

中村晋也先生(彫刻家、芸術院会員)のお宅に夕方うかがった。しかし、先生は奥の部屋から出てこられなかった。 用事がすんでから、応接間で奥様にお茶をいただいた。 「ごめんなさいね。主人はこの時間、部屋にこもりっぱなしなの、いつも」 「お仕事がお忙…

年頭の辞

田村隆一先生に「新年の手紙(その一)」という詩がある。 きみに 悪が想像できるなら善なる心の持ち主だ 悪には悪を想像する力がない 悪は巨大な「数」にすぎない 材木座光明寺の除夜の鐘をきいてから 海岸に出てみたまえ すばらしい干潮! 沖にむかってど…