彫刻 2

「あら、あなた、主人の作品を見たことないの?」
 T先生の奥様は、持ち上げかけたコーヒーカップをまた皿にもどして、まじまじとぼくを見た。
 ぼくは、ちょうどコーヒーをひと口すすったところで、あわてて飲みこんで、すこしむせた。
「はあ、まだ」
 ぼくの顔は、たぶん、一瞬にして耳まで真っ赤になっていたとおもう。
 奥様は、もう一度カップをつまみ直すと、そっと口もとに持っていった。
「田村町の交差点の角に立ってますのよ。帰りがけにごらんなって」
 ぼくは、たまたまお届けにきて、はじめて奥様に応接間に通され、とつぜん質問されたのだった。T先生はぼくの顧客ではなかったが、担当してもいいようにお届けにこさせられたのかもしれなかった。きっと失格だろう。べつに、担当になりたいとおもったわけではないけれど、なんだかぼくはすこしへこんでしまった。
 帰途、田村町交差点を曲ってしばらく行ってから車をとめ、歩いて交差点までもどった。石油会社のビルの角に、金色の彫刻が立っていた。
 つぎにお届けにうかがうと、また応接間に通された。ひとしきり世間話(といっても芸術家の世界の)をしてから、ところで田村町の彫刻はなんて題名だったかしら、と奥様にきかれた。
「『希望』でした」
 奥様は、ちらとぼくを見た。
「ちょっと進物があるのだけれど、あなたに頼んでもいいかしら?」