彫刻 3

 I先生は、木彫の彫刻家だった。芸大では平山郁夫と同期で、木彫では平櫛田中の最後の弟子だといった。
 I先生は、もっさりした風貌に似合わずおしゃれで、舶来の上等な衣類が趣味だった。ところが、カシミヤのカーディガンなどは、着ているのをうっかり忘れて制作に入ったりするので(アトリエに作業着は置いてあるが、ドアを開けたとたんに没頭し、ノミとトンカチをにぎって着替えないことが多かった)、とてもすごいことになっていた。それでも恬淡として、いっこうに後悔の色は見せなかった。ときどき、木の削り屑がくっついていることもあった。どんな高価なものを着ても、いつの間にか普段着にしてしまった。
 もっさりしているのは芸術家の常だが、I先生は、背筋を伸ばしていても、柔道をやっていたのが身について、がに股ですり足だった。急ぐときでも、腰から下だけ、がに股のすり足が機械的に動くので、なんだかカニが歩いているように見えた。
 笑っていても眼だけは笑わない人がいるものだが、I先生もそういう一人だった。笑顔は柔和で好々爺のようだが、真顔にもどると眼がこわかった。貸売りの残高がふえても、鎌崎店長(ハゲ店)が請求しづらいのもむべなるかな、とおもえた。
 バブルのときに、I先生の仏像に3億円の値がついた。
「それはよかったですね。これで、まとめてご入金いただけますね」
 ハゲ店がうれしそうに、揉み手をしながらいった。
「それがね、Sデパートの美術部を通しての仕事が多いでしょ。みんな手数料で巻き上げられちゃうんです。それに」
 といって、I先生は腕を出して見せた。手首にブシュロンの腕時計がはめられていた。
「私への支払いは、こんどは外商部がいろんな私の好きそうなものを見せるので、みんなこういうものに変わってしまって、なかなか私のところにとどかないようにできてるのです」
 ハゲ店が苦笑いしながら、ぼくの顔を見た。泣き笑いのようにも見えた。
 ふーん、だから、うちへの支払いがわるいんですね、という言葉を、もちろん、ぼくは呑みこんだ。