彫刻 4

 彫刻家のI先生には、釣りの趣味があった。
「なにを釣られるのですか」
 と、ぼくはきいた。
「ふっ、鮒、ですね。鮒がいちばんおもしろい」
 I先生は、若干どもる癖がある。
「釣り竿なんかにも凝られるんですか」
 いいものが好きなI先生のことだから、釣り竿だってお金をかけるにちがいない。
「凝るわけではないのですけど、いい竿は当たりがいいですね。だから、つい、高いもの買わされちゃって」
「どれくらいするのですか」 
「まあ、いろいろですね。釣り具屋のおやじが、ひとの弱みにつけこんで、こんなのどうでしょう、といって奥から出してくるんですが、気をつけないと、魚を釣るまえにこっちが釣られちゃいます」
「趣味というより、道楽ですね」
 I先生は、大きくうなずいた。
「きょうも、これから寄るんですが、じつは目当ては竿じゃないんです」
「竿じゃないとおっしゃると」
 I先生の顔に、こらえきれずに笑顔がひろがった。
「のっ、ノコギリです」
「ノコギリ?」
「まえに行ったとき、土間にノコギリがころがっていたんです。なにげなく手に取ったら、これが越後の伊之助なんです。ずいぶん古いものだから、たぶん先代の伊之助で、だったら名器です」
「そんなノコギリじゃあ、もったいなくて使えませんね」
「おやじは知らないから、無造作に扱っているようでした。小振りだけれど、さすがに切れ味がよさそうで、いい道具を手に入れたら仕事は半分終わったようなものだから、これから行って交渉してこようとおもっています」
 1週間して、また、I先生はみえた。
「ノコギリは、手に入りましたか」
「いやだというのを、むりやり手に入れました」
「それじゃあ、お仕事がはかどりますね」
 I先生は、ちらっとぼくを見た。
「そっ、それが、手に入れたら安心してしまって、なかなか仕事が手につきません」