彫刻 5

 I先生が傘を買いにみえた。
 フジヤ・マツムラでは、傘といったら、イギリス製のFOXしか置いてなかった(2005-01-30「20世紀FOX」参照)。
「こんどは、マラッカの柄にしようかな」(マラッカというのは籐のこと。生産地だから。籐の柄は軽くていい)
 I先生は、ボルドー(エンジ色。ワインの色だから)の1本をひろげてみた。
「黒は間違えられやすいから、この色にしようかな」
 その傘を包んでいると、I先生はこわれた傘のことを話しはじめた。
「こわれたFOXの骨で、彫刻刀をつくってみました。FOXの骨はじつにいい鋼で、ためしに刃を付けてみたら、これがサクサクよく削れるんです。なまじの彫刻刀より、よほどすぐれものですよ」
 I先生は、そういってうれしそうに笑った(眼は笑っていなかったけれど)。
「傘の骨はたくさんあるから、彫刻刀もたくさんできる。それで、それが全部イカレるころ、こんどの傘も駄目になるから、半永久的に細身の彫刻刀ができるというわけです。それなら、高価なイギリス製の傘も安いもので、われながら名案だとおもいました。ところが」
 I先生は、そこでいったん言葉を切った。
「100歳まで生きないと元が取れないことに気づきました」