2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P150

遠足の子や靴下を脱ぎたがる 病気で吟行や句会に出られないときは、季語から想を練り、対象をあれこれ心に思い浮かべながら句作する。 掲句の場合は、実際に母親が靴下を履かせてもすぐ脱いでしまう子供がいたのを思い出して作った。公園での実景が遠足にな…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P148

火のなかのものよく見えてちちろ虫 晩秋になると毎年、焚火をしながら、飽きることなく掲句のような句を作ってきた。 今日は今年初めての焚火。段々に火が透明になってくるとなかの小枝や落葉の燃えるさまがよく見える。こんな美しい炎で自分の柩を焼いて欲…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P146

淡々と出て茗荷の子ゆるぎなし 茗荷は夏になると根元から別の新しい茎を伸ばし先端に花穂を出す。この若い花穂が茗荷の子。土から淡々と顔をのぞかせているので掘るのが簡単と思いきや意外に手強い。地下の根茎がしっかりと支えているからだろう。 笊いっぱ…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P144

亡き人にあたらぬやうに豆を撒く 母が亡くなったのは、平成十年の十二月二十日。まだ悲しみを引きずっていてその年の節分の豆撒きをやめようと思っていた。が、知人のTさんが我が家の分まで年の豆を用意してくれたのだ。御好意を無にしないように撒くことに…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P142

流感は古き浮巣を踏むここち 流行性感冒になったとき高熱にうかされ、古い浮巣を踏んでいる心地になった。 もうろうとした意識の中のあの異状感はなぜ? と今でも疑問を抱くが、兼題で「流感」が出たので、あまり深く考えずに、あるがあままを詠んでしまった…

大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P140

弓のごとく桜の枝を持ち歩く 増上寺で藺草慶子さんと吟行をしたときの作。その日、増上寺の境内を歩いていると植木職人たちが桜の枝を剪っていた。落ちてくる枝には花や蕾が沢山ついている。拾った一本の枝を弓のように持ち歩く慶子さん。弓場へと向かう姫君…