銀座百点 号外85

 久しぶりに、学校へ行った。あの友人は、少年の姿をたしかめるように眺め、
「すっかり良くなったね。今だから言えるけれど、見舞に行ったときはびっくりしたよ。とても、君とは思えなかった」
「うん」
 少年は、短く答えた。
 校庭の砂場の前には、少年たちが集って、高く跳ぶ競争をしていた。少年は、その方角へ歩いて行った。
 少年は、ためらいがちの足取りで歩いて行ったが、不意に勢よく走り出した。砂場の前で、強く地面を踏みつけると、跳躍の姿勢になった。
 しかし、水平に架け渡された横木は、少年の腰のあたりに当って、落ちた。
「前は、高く跳べたのに」
 いつの間にか、友人が少年の傍に来ていて、そうささやいた。
「しかし、すぐに高く跳べるようになるよ。長い間、寝ていたのだからムリないさ」
 そうかもしれない、そう考えるのが当然だ、と少年はおもった。病気で、痩せ、異常に肥り、そしてようやく元に戻った。その間、使わなかった筋肉が衰弱した。ただ、それだけのことだ。
「しかし」
 と、少年は心の底で考えていた。
「もう、高く跳ぶことはできないだろう」
 そして、自分の内部から欠落していったもの、そして新たに付け加わってまだはっきり形の分らぬもの。そういうものがあるのを、少年は感じていた。
(昭和三十六年一月「群像」)