市川さんの話 10

 市川さんのお父さんの仕事場に、ときどき訪ねてくる男性がいました。
 男性は、なにげなさを装って、お父さんが縫ったシャツを手に取って、こまかい部分をたしかめていました。
「あなた、見てもいいけど、ひとのシャツ、盗むなよ」(註、細部のつくりやデザインのことでしょうね)
 お父さんが、笑い顔で釘をさしました。
 男性も、白い大きな歯をむき出して、照れ笑いしながら、シャツを返してよこしました。
 男性は、石津謙介というひとでした。のちにVAN(株式会社ヴァンジャケット)を設立します。
(つづく)