市川さんの話 15 (ちょっと痛い編)

 市川さんは、ときどき、失敗をしました。
 違うひとの生地を間違って仕立てる、なんてことはありませんが、別のひとの生地が重なっていて、うっかりいっしょにカットしてしまうくらいのことはありました。
 ちゃんと伝票を見ないで、前回どおりに仕立てあげ、ほっとして見たら変更箇所があったことに気がつき、納期はあすにせまっているし、泣く泣くほどいて縫い直すなんてこともあったそうです。
 しかし、いちばん失敗したなあとおもわされたのは、ミシンの調子を見ていたときでした。
 古いシンガーミシンで、古い車があっちこっち故障が出てくるように、自然と具合がわるくなったり、いつの間にかもとにもどっていたり、結局、だましだまし使うしかテのない代物なわけです。ミシン屋さんは、いつでも最新式のカタログをもって修理にきていました。市川さんは、それをじっくりと眺めては、やはり古いつき合いのオンボロミシンに手を入れて使っていました。
「自分の手と同じように動かせる機械のほうが、安心ですから」
 あるとき、ミシンの調子をみるとき、うっかり縫い台の上に手を置いていました。ちょっとした拍子で、スイッチが入りました。針が上下して、あっという間に市川さんの指を貫きました。
 これで、市川さんは、3カ月、仕事になりませんでした。
「そりゃあ、痛かったですよ。なんて馬鹿な真似したんですかね、自分でもわからない。飼い犬に手を噛まれるっていうけど、こんなものかなってね、おもいましたよ。それでね、よく見ると、針はまっすぐに指を縫ってたのね、ずれずに。自分でもね、感心して、うまく縫えてるなって」
(つづく)