コート 19

 綿貫君は、その日、黒づくめの格好で出社した。
 黒のコーデュロイの上下に黒のブーツ、白いワイシャツに黒のネクタイ、そして、その上から黒のコートを羽織っていた。時計の文字盤も黒だった(これはふだんから彼がはめているやつで、文字盤がオニキスのヴァンクリーフ&アペールの手巻きの腕時計)。
「なんだか、殺し屋みたいだね」
 ぼくは、いった。
「今夜、仮装パーティーがあるんです。仕事のあとで着替えるんじゃ、間に合わないかもしれないじゃないですか。だから着てきちゃいました」
「で、ほんとは何のつもりなの?」
 綿貫君は、わかっちゃいないなあ、という眼でぼくを見た。
「ドラキュラにきまってるじゃないですか」
「その靴、どこの?」
「ほら、またはじまった。人の持ち物がそんなに気になりますか?」
「うん、気になる」
「これだ」
 綿貫君は、あきれたような顔をした。
「これは、タニノクリスチーです」
「スーツは?」
「レノマ」
「コートは?」
「これもレノマです」
「レノマが好きだなあ」
「昨夜、あわてて探しまわったんですが、黒のスーツもコートも、気に入ったのがなくて、たまたまレノマにあったから間に合わせです」
「たかが仮装パーティーじゃないか」
「ぼくには、それが生き甲斐なんです。似合えば、このコート、あげますよ、今夜だけ必要なんですから」
 ぼくは、綿貫君からコートを手渡されると、袖を通して鏡を見てみた。どうやら、肩幅の張った四角いコートは、ぼくには似合わないようだった。
「タカシマさん」
 綿貫君がいった。
「タカシマさんが着ると、ドラキュラじゃなくて、ドラキュラに血を吸われた人みたいに見えますね」