コート 18

 店の前にベントレーが停まり、転げるように飛び出した運転手が後部ドアをあけると、おもむろに建築家のE氏がおりてこられた。奥で鏡に向かってにらみをきかせていた砂糖部長が、ぜんまい仕掛けの人形のような足取りで入り口に向かった。
「先生、いらっしゃいまし」
 入れ歯があわないので、「しぇんしぇい、いらっひゃいまひ」にきこえた。
 E氏はステッキをつきつき店の奥まで歩き、そこの椅子にゆったりと腰をおろすと、ステッキの握りに両手をかさね、その上にあごをのせてた姿勢で店内を見まわした。
 黒の鼈甲縁の眼鏡に、聡明そうな広い額がひろがっており、ロマンスグレーの髪がいく筋かふりかかって、憂愁と退屈がからだから漂っている。功なり名を挙げ、巨万の富を手にすると、こういう雰囲気を醸し出すのかもしれない。
 ちょうど、カシミヤの紳士コートが入荷したばかりのときで、砂糖部長がぼくをギロリとにらむと、出せ、とあごでいった。
「先生、ちょうど、いいコートが入荷したばかりで」
 砂糖部長は、ぼくからコートをひったくるようにすると、E氏の前にひろげてみせた。E氏の眉がちょっと上がった。
「きみ」
 E氏が疲れたような、しわがれたような声でいった。
「ぼくは、いつも車で、ドアツードアなんだよ。歩くなんて金輪際しないんだ。そのコート、すすめてくれるからには、いったい、いつ着たらいいんだい?」
 砂糖部長が、真っ赤になって、ギロリとぼくを見た。