大木あまり句集「星涼」百十五頁〜百五十二頁

 星涼    百十五頁〜百五十二頁


瓜食べてときめく心なくもなく
馬の子のぬるりと生れ旱星
蝉の鳴く夜のコンビニの子供たち
糞引いて闘魚あらそふ夜明けかな
繕はぬ浮巣がひとつ風の中
水馬交むや影のなきごとく
幽霊は季語かと問はれ瀧の径
細長き森を出てゆくとき涼し
日は沖へアロエの鉢に子かまきり
渚にてもの書きをれば日雷
松本清張のやうな口して黒き蝶
戦なき国や涼しき猫の髭
猫洗ひつつ夕焼を惜しみけり
葬りきて夕日さし入る蕗の原
わが死後は空蝉守になりたしよ
逢ひみてののちの箱庭灯しけり
星涼しもの書くときも病むときも
猫探す夜の滴りのあきらかに
秋に入る泣くしぐさして金の蝿
照りつけて朝のはじまる稲の花
杉の葉に蝶ゐて残る暑さかな
桔梗や花のかたちを食べて虫
土埃立つる残暑の土たひら
傘立てに子供の傘や芋嵐
雨の粒鼻ではじきて馬肥ゆる
神の水狼藉したきほど澄めり
待つとなく冷えてホテルの丸時計
十月の芝や畳のごとしづか
スニーカー野分の月に照らされて
訣別は月のひかりがあればよい
猫の尾のちよこんとついて厄日かな
朝顔の裏側をみて岩風呂へ
夜の更けて湯船に葛の散華かな
あてもなくきてあてもなき秋蝶と
水澄むといふその頃の箱根山
まるめろや忘るるものに人の声
助手席の犬が舌出す文化の日
身にしみて花に肥料をひとつかみ
昭和などなかつたやうに鰯雲
空青くしてそれぞれの冬支度
あかき実をつけて畦の木冬に入る
焼鳥や皆こめかみを動かして
溝川のはやき流れや冬の柿
ときどきは灯を見て冬の夜食かな
手袋で鬼を作つて検査待つ
骨だけの枯蓮が好き泥が好き
煉炭は父の匂ひや夜の雨
湯気立てて悲喜のうすらぐ歳月よ
鳥に風に鉄扉ひらかれクリスマス
あやしつつ聖樹の下の授乳かな
戦よりかへらぬ船や冬の草
とほくまで行く霜月の切符かな
猫拾ふ春の隣といふ頃に
草の葉をゆらしゆらして鬼は外
頬杖や土のなかより春はくる
恋猫に鐘鳴つてゐる築地かな
味噌汁に麩の浮くバレンタインの日
青き菜に光のうごく二月かな
日あたりて雛のうしろの箱枕
田中裕明紛れをらむか雛市に
おもしろう氷の解ける西の京
かばかりの水を走りて春の鴨
青丹よし奈良の垂れ目の子猫かな
春は曙木の根煮てゐるお母さん
裂ける音かすかに春の茸かな
春風と行けば近道あるごとし
剪定の切口詩のうまれこよ
さはらぎと聞いておぼろの木と思ふ
長病や春の野菜の浸しもの
爪を切る春愁の夫目のあたり
石庭の渦にめまひや糸桜
死ぬまでは人それよりは花びらに
君にペン貸せば鶯鳴きにけり
鳥風や悲しみごとに帯しめて
たんぽぽや鈍器のやうな波が来る
おとろへぬ眉の力やきんぽうげ