大木あまり句集「火球」百六十二頁〜二百五頁

 火球    百六十二頁〜二百五頁(了)


血を採られゐて鯛焼の餡恋し
坐りゐるみんなに春の来りけり
遊ばんと来て梅林の寒さかな
どの幹も水に傾く梅の花
釜のふた紅梅は枝張りにけり
梅二月買ひたいものに文庫本
紅梅や土の埃の立つところ
月光の色して梅の傾けり
火にぬれて干鱈の匂ふ夕べかな
夜は星と競ふべく梅咲きにけり
日が射してあふるる思ひ春の水 (祝 石田勝彦句集『秋興』二句)
山々の玲瓏として春の鷹
瀧口のひろびろとあり花菫
新草の踏み応へあり古草も
母亡くて雛の黒髪梳きたしよ
人の死に狎れることなし春の霜
凧母にことづてありにけり (註:いかのぼり)
仰がれて子燕の口数へられ
夢の世の触れて冷たき藤の房
大皿の数の足らへる燕かな
さへづりや一刀痕のふかぶかと
辛夷咲く鴨の百羽をまぶしめば
陽炎となるか川鵜の棒立ちに
蹼のしづく一滴春の土 (註:みづかき)
白鳥の帰りゆく胴くもりけり
雀らの上をながるる落花かな
手を引いてやる母は亡し花の雨
花びらをながして水のとどまれる
鳥に問ひ花に問ひつつ遍路かな
桜しべ降つてくるなり花篝
甲冑のどこに触れても花の冷
花びらをとどめし髪の冷ゆるかな
友癒えよ雲の下なる花の雲
二人して花よ花よと暮れにけり
百年の木の瘤を見て夏座敷
花桐や港を出ざる船一つ
仕へたき閻魔を仰ぐ白日傘
ひつそりと並ぶ五月の火鉢かな
父の日のうしろに馬の匂ひかな
竹林へ何すべくきて夏の蝶
淡々と出て茗荷の子ゆるぎなし
巣の蜂のみな出払つて港かな
いとしさは掌中の雹とけるまで
船上のどこもまぶしきさくらん
潮風を切るつばくらの一番子
キューピーの腹をみせあふ麦の秋
鯵刺や夕日の波を目のあたり
単帯ゆるんできたる夜潮かな
母の亡き夜がきて烏瓜の花
いつからか使はぬ井戸や羽抜鶏
頬杖や唐子の遊ぶ夏火鉢
青栗のころげて土になじまざる
前足に倣つて蟇の後ろ足 (なら-つて)
刃物研ぐ夫のうしろの蟇
蟇照りつつ向きを変へにけり
終りなきごとくに雨や花菖蒲
ゆたかにも水の濁りて緋鯉かな
玄関に蟇のきてゐる星祭
父の忌の噴井の底のうすあかり
大寺を歩くほかなき藜かな (あかざ)
寺町の夕べよかりし青山椒
編みあげし人形のやうな鶏頭かな
樫鳥や能の衣装を掛けつらね
水に浮く終戦の日の草束子
花束のセロファンくもる墓参かな
草市やきのふに続く青い空
爽涼の離ればなれの蝉の穴
をしみなく曲がつてゐたる茄子の馬
梨棚やこの暗がりのなつかしき
露けさの木が話すとや嘆くとや
盆寺の畳のへりのうすびかり
もう逃げられぬ蟷螂のうしろ向き
この家の秋の簾を二枚ほど
わがための露日和かな働かむ
小鳥くる火箸の丈をいとしめば
篁を風のゆさぶる曼珠沙華
拭いてゐる畳の数や十三夜
水澄んですんで遺品の琴の爪
コスモスのそよぐに何を話すべく
つかまれし蝉が声あげいぼむしり
咲き継いでのうぜんあかき子規忌かな
青すぎる空が不安や鶫網 (註:つぐみあみ)
秋風や人と羊のうちまじり
秋薊水の落ちあふところかな
草を引く舌の力や露の牛
火のなかのものよく見えてちちろ虫
隼の眼を張つて霧の中
超えてきし山に灯のつく秋薊