大木あまり句集「火球」百二十六頁〜百六十一頁

 火球    百二十六頁〜百六十一頁


雲速し母のあらざる秋にして
猫走り出て括り萩括り菊
稲みのる暑さや膝を立てもして
稲車押し青空についてゆく
萩括る馬の尾つぽも括りたし
残菊や馬一頭を洗ひあげ
父の忌の海の上なる星座かな
秋風に羽開くものたたむもの
胡桃ひとつ仏へ供へ夕嵐
蓮の実のしきりに飛ぶや見舞籠
号泣の人の背中の秋の蝿
夢の後のごとくに冷えて瀧の前
胸倉を摑みにきたる秋の瀧
身に入むや瀧の表もその裏も
瀧の辺の草美しき厄日かな
秋深きものにはるかな瀧ひとつ
その花のどれもうつむく秋の茄子
蛇に目を奪はれもして花野かな
空蝉のすぐに火となる秋炉かな
霧深し喪服をはおるごとくゐて
ぬつと出て母のゐそうな満月よ
月光の暖簾も母の遺品にて
掛軸を巻き上げゐるや稲びかり
路地ほそく細くなりきし木槿かな
胡麻を叩いて悲しみのまたひとつ
ものを煮て去りし野分をなつかしむ
流木にまだ潮の香や源義忌
少年の電球をかへをる鯊の秋 (たま)
月光の畳のほかは欲しくなし
白波の先のちぎるる穂草かな
誰彼に喧嘩を売つて菊の前
もたれあふことなき菊や菊花展
冬に入る杉の埃をうち叩き
秋風のとつくに去つて大根畠
息かけて冬の木立でありにけり
鴨鳴くや牛久は水の明るさに
薔薇園の美しすぎる寒さかな
薔薇園の時雨の松を愛づるかな
火まはりの遅きもの煮て大師講
白鳥に対ひ諭されゐるごとし (むか-ひ)
しらぬまに鳩に囲まれ報恩講
流感は古き浮巣を踏むここち
夫のもの高く干したり霜の花
お位牌をふたたび抱くや冬たんぽぽ (母一周忌)
冬草を抜いてやすらぐ母の墓
母のベッドありしあたりの緋毛氈
母の忌やゆたかに速き冬の潮
波よけもして受けもして鴨の胸
枯るるもの枯れて鵜の島鴨の島
凩を拒んでゐたる杭頭
母は亡し綿虫に手をさしのべて
雲と鳥みることもなき冬菫
なにもかも晴れて冬至の火消壺
冬鵙よ汝の贄は薄目して
冬鵙の贄なるものの鼻の穴
贈られて木目うるはし桜炭
牡蠣剥くやたのしくもまた切なくも
焼く餅の焦げ大いなる2000年
魚籠の中も風吹いてゐる枯山吹 (註:びく)
しはぶける男に鍵を返しけり
たどりつきしもののごとくに氷る瀧 (袋田の滝 七句)
凍瀧や千年も待つここちして
否応もなく凍てはじむ男瀧
凍瀧や禽ちらばつて散らばつて
黙契は凍てたる瀧にこそすべし
凍ててなほ水の勢あり男瀧
火を焚いて凍瀧守となりたしや
太陽へ灰をとばしてどんどかな
注連焚くや鷗は腋をゆるめつつ
手をあてて火鉢のへりのなつかしく
きさらぎの使はぬ部屋に傀儡かな (註:くぐつ)
亡き人にあたらぬやうに豆を撒く