大木あまり「句集 火球」八十六頁〜百二十五頁

 火球    八十六頁〜百二十五頁


湯豆腐や貧乏ゆすりやめたまへ
艫綱の氷つてゐたる潮かな
クリスマスツリーの下のブルドック
餅花に叩きをかけて世紀末 (はた-き)
節分の風唸りゐる海の上
怒る前の河豚の顔とはこんなもの
蹼のあたりに落ちて藪椿 (註:みづかき)
火に乗せし菊に生気の寒暮かな
菜の花やしだいにくもる海の底
涅槃図に加へてみたきあめふらし
君よりも初蝶と息あつてゐる
桃の日の絵本の上の鋏かな
白髪を許されずをる雛かな
魚箱に腰かけてゐる遍路かな
恋猫や世界を敵にまはしても
膝にくる恋猫にして眇かな (註:すがめ)
春愁や箱こはしてもこはしても
掬いたるものに眼のある春の水
一島の潮けむりして猟名残
壷焼の栄螺の城を落すべく
茂吉忌や春子のひだのひんやりと (註:かすご=春先に出まわる鯛の稚魚)
口髭の白くいませる蓬かな
花筵まつさおにしてくちやくちやに
生きるのがいやなら海胆にでもおなり
手の切れるやうな紙幣あり種物屋 (さつ)
あを海のうごきづめなる桜かな
弓のごとく桜の枝を持ち歩く
花屑を蛍のやうにつかまへて
鶏の内股みえて桐の花
峰雲に招待席のあるごとし
青竹の林を抜けて祭鱧
ストローに吸ひつく種やソーダ
涼しさは人参の髭馬の髭
馬の首叩いて森の涼しけれ
切なさ筍掘りし穴ひとつ
水打つて舟を見送る単帯
麦藁帽に頂のある日暮かな
冬苺その一粒を食べ余し (母 危篤)
マスクして月の光の屍室
着ぶくれて人の涙を見てをりぬ (葬儀 二句)
短日の素手で取りたき母の骨
霜の花いつもあなたの末子です
手袋をゆつくり外し七七忌
母の亡き家山吹の返り花
寒晴や君の母校を眺めつつ
悲しみの牛車のごとく来たる春
菜の花や猫の柩は布一枚
春の波見て献立のきまりけり
正気とは思へぬ顔の雛かな
鶯が鳴いて白あへうまき頃
青空に亀裂なかりし桜かな
燃えつきしものに土かけ春祭
猫の尾の足にまつはる春の蕗
拾ひたる貝の雫や春の暮
空爆のなけれど寒し春渚
花を見て幹の瘤みて父の国
蘆の角死に打ちどめのなかりけり
攝津幸彦春月の番してをらむ
桐の花とほくに見ゆる嵐かな
ながながと切腹の場や夏芝居
ダリ在らば愛づる芭蕉の巻葉とも
涼しさは一本道の母の墓
暗がりに盆提灯と蜂の巣と
蔓引くは残りの暑さ引くごとし
供へたる花より淡き盆提灯
草刈りの思ひ出話などしつつ
新涼の母の箪笥に男帯
葉の陰に尺取る虫や盆の雨
月光の盥のへりをいぼむしり (たらい)
朗々と河馬のあくびや草の絮
ことごとく稲の倒るる日和かな
天上大風秋蝶のきりきりと
酢のものの貝のちぢまる盆太鼓
裏門や狐のかみそり総立ちに
くるりと巻いて野菊の風の中
小鳥来と母の着物を解きをる
秋風に押されて蟻のいぶかしむ
白桃に風くる父の詩集かな (父の詩集復刻さる)
風呂敷になんでもいれて稲の花
かはせみの魚捕る音か秋風か