大木あまり「句集 火球」四十四頁〜八十五頁

 火球    四十四頁〜八十五頁


舞塚にきしねんねこの掃きはじむ
はんてんの子の咳をする吉野山
耳たぶは果実のごとし初氷
大波をあやつる海や十二月
浅草の灯のつぶらなる冬の潮
ぼろ市のあとかたもなき日向かな
福助の頭にをるや冬の蠅
プードルのやうな白菊冬館
杉の香のして大年の父の墓
カザルスを聴く襖絵の隼と
目を入れて亡き子に似たる雪兎
落柿舎や頭めぐらす雀の子
祇王寺水仙売の消えにけり
笹鳴や寺の瓦のぎつしりと
京にきて寒もどりたる鼻柱
芽吹く枝に吊つて念珠の落しもの
きさらぎや母に見せたき小倉山
落柿舎の笠借りたしや春の雪
野宮や春の落葉の氷りたる
竹の根のごつんごつんと西行
両眼に山のはみだす花菫
長生をあやまつてゐる春袷
一碗の雪あかりして茂吉の忌
わが柩春の真竹で作るべし
父ははの昭和も過ぎぬ蕗のたう
菜の花や桶に大蛸かしこまる
微震ある日本列島恋の猫
ゆらし立つ馬のものある虚子忌かな
劇薬の世にはびこれる豆の花
ひなげしや土偶の乳房に指の跡 (でく)
竹筒の水を捨てをる虹の下
かなぶんのつぶての当る四ツ谷かな
白玉や甍に風の吹き渡り
のうぜんの裂目をつたふ雫かな
ことごとく国旗に皺や草の花
水草の茎あをあをと猟期来る
病む母は父の名を呼ぶ龍の玉
初夢や赫々として馬の尻
のぼりつめるとは枯るる葛の蔓
船上に破魔矢の鈴の鳴りにけり
耳よりも蹄のさとし寒の馬
動物園春の煙をあげにけり
青空の下に檻ある辛夷かな
折れ葱のなかの白濁春の霜
リラ冷えの協会にある忘れもの
金泥を塗られしごとき春の風邪
教会の聖書はぼろぼろ花水木
一束の藁しごき終へダービーへ
ひなげしやあといくたびの薄化粧
ひまはりを攻めてをりたる白煙
野村万蔵蹴つて袴の涼しけれ
羅のふはりふはりと名のりけり
狂言や扇ひとつを鋸として
狂言や帷子に皺ふやしつつ (かたびら)
深川のかんかん照りの祭かな
お神楽の涼しき茣蓙を踏みにけり
大空を使ひきらむと荒神輿
鉢のもの間引かれをるや祭笛
深川めし声の神輿の通りけり
波さきだてて疾走の花火船
花火船ただならぬ波きたりけり
魚を干す板戸の反りや青芒
その下の掃いてありたる秋簾
あかき火となりゆく藁や昼の虫
少年の板の間に寝て秋の潮
潮泡の高く飛ぶ日や曼珠沙華
白波の大こぼれして帰燕かな
色鳥の羽音のなかの父の墓
風呂敷のするりと解けて小鳥くる
雀らの顔の険しき地蔵盆
蓮の実の飛んでイエスの臍くらし
葉生姜のそろへ拳の売られけり
白桃にくれなゐの種耕衣なし
おほいなる舌をしまひぬ秋の馬
草の穂のなかに共寝の膝小僧
てのひらを灯して桃を売つてをり
中年や風の瓢のごときもの
穴まどひ伊勢神宮の裏が好き
恋をして伊勢の寒さは鼻にくる
烈風の入江を走る干菜汁
冬凪の波こそ愛せあはうどり
大寒の海ふた色や潮暦
潮先の泡だつてゐる千鳥かな
風体のいやしからざるおでんかな