大木あまり「句集 火のいろに」『火のいろに』

 火のいろに    1982〜1984


牡蠣を揚げイエスが夫の尼僧らは
鴨の餌を水輪に投げて元闘士
煉炭の燃えどき猫の不仲なる
寒柝や山の蛾壁になりきつて
雲は冬残留孤児の富士額
葬送にゆりかごの唄冬木の芽
詩人らの立ちて暖とる風の中
木枯や菊子夫人の菊づくし
冬靄の猫の喉より潮騒
木星男の子産む気のつはりかな
石叩尾を酷使して十二月
荒星を風が磨くよ棺づくり
中国の蜜のねばれり冬の雷
雪捨てて母通る道つくりけり
鴉ごと冬山を売る杉長者
白菜を洗ふ双手は櫂の冷え
弔電や影の雪ふる雑木山
猫眠亭と名付けてよりの朴落葉
雪が雪追ふ犬ホテル猫ホテル
喪返へしやどこも大きく氷張る
猫の水雲を通せり一葉忌
薪割つて産着のごとし冬の汗
餅を搗くひたすら雲の輝けり
凍滝や失ひしもの火のいろに
山道を直す百日焚火して
薪割りの終りは激す紅梅に
信濃伏せ字ごこちに冬の家
烏瓜雪に色抜くやぐらみち (鎌倉 八句)
紅梅と白梅の他無口な木
右大臣落石許す冬紅葉 (寿福寺
老木を杉と言ひける寒九かな
雪降れば涅槃なるべし杉の山
寒月光真昼に似たる水の照り
月中にうさぎ仏や榾を焚く
実朝の妻の捨て文寒牡丹
冬ざくら夢見がちにて子はいらず
蕗のたう味噌にからめて武州かな
鵙の瞳の黒眼がちなり実朝忌
楤の芽や放浪の血を末つ子に
淡雪や夜爪を飛ばす母の影
白線をはみ出す我も初蝶も
かげろへる隅田の川に洲を見ずよ (隅田水上バス
芹摘むや水の刃先を楽しみて
つつましく生きても死ぬる牡丹の芽
ひとり死に百人の泣く木の芽山
喪七日や春青葱の香をたがへ
草萌えに鹿の激しきながれかな (奈良 五句)
荒鹿の糞まで荒し蕗のたう
飛火野の草萌え髪の伸びにけり
鹿らにも子別れあらむ遠霞
池ひとつおぼろに据ゑて大和なり
木の芽寒むこの世の銭を母鳴らし
田を打ちて岩礁の鵜の増ゆるかな
父よりも不自由に生き絮たんぽぽ
爺婆の同じ声出す遍路かな
千代紙の鳥は帰れず山あかり
花こぶし汽笛はムンクの叫びかな
守るべき家ありどつと花の冷え
さくら咲き馬骨の冷えの山河かな
山ざくら暮れ道くさの夫と猫
晩春の猫が草吐く麓かな
雨音も激つ音せり巣立ち鳥
山持ちと歩きて日焼はじめかな
白く咲く鉄線猫の地獄耳
水中花水との腐れ縁長し
顔舐めて横浜の猫夏祓
ブラームス好きかと問はる涼み台
川照りの女ばかりのうなぎ舟
炎天の悪を支ふる足ならむ
夜の川を馬が歩けり盆の靄
稲妻の海を器に遅れ盆