大木あまり「句集 火球」三頁〜四十三頁

 火球    三頁〜四十三頁


青空の雨をこぼせり葛の花
うやうやしき波の列くる懐手
マフラーのあづけものあり父の墓
鬼は外さびしき春を招くなり
焦げくさき風の吹きたる鱵かな (註:さより)
職人の座布団薄し鳥の恋
ゆるゆると身支度しをる桜かな
子燕の必死の口のねばつこし
昼火事の火勢に棕櫚の咲きにけり
枇杷をむく母にまだある指力
伸び悩むらし一本の今年竹
ゆき合へる蟻の突立つ牡丹かな
アルバムに優曇華の丈揃ひけり
水銀のながるるごとし川の蛇
海面を風走りくる瓜の花
蛸壺のゐごこちいかに夜の潮
火蛾とんで夜は草原のごとき海
竹屑の身につきやすき野菊かな
赤ん坊の爪の伸びるも雁の頃
露けさの猫抱き聖女くづれかな
けものの香失せたる檻や雪雫
対岸の日向を歩く猫の恋
春愁のまなこざぶざぶ洗ひけり
子燕の口あけどほし銃器店
角落ちて耳の大きな鹿となる
草原に牛の快便日雷
斑猫やわが青春にゲバラの死
人懐つこき夕立の来たりけり
杉山の若木ばかりや夏火鉢
蝉よりも生き長らへて蝉の殻
のうぜんや牛の睫に藁ぼこり
竹筒に撫子をさす豪雨かな
こんな日のための涙や鬼やんま
油揚げのあばたを焦がす盆の家
毟りたる羽ほうりこむ焚火かな
御仏にもらふ疲れや花芙蓉
大樽に京の底冷えみつしりと
口に雪詰めて毛蟹の売られけり
十字架に木目のありし冬の柿
本の名は『河馬に噛まれる』霜月夜
雀らの草撓めゐるクリスマス
嘴のかたさの箸や年の酒
破魔弓や入江の波の立つばかり
一帆のせりあがりたる鍬始
水仙破船を母と見し日あり
仁丹の粒を噛みをる遍路かな
山中の径たえだえに芹の花
祭くる生簀の蛸の縛られて
たかぶれる水を束ねて瀧柱
落ちてくる水の力や百合の花
病む母に頼らるる髪洗ひけり
ひなげしやかまどの灰のかたまつて
子羊の臍の緒ゆらし駈ける夏
桑の瘤葉を噴いてをる相模かな
蚕飼ふまはりの晴れて茄子の花
鮎田楽力士の大き手形見て
からまれる蚕をほぐす日焼の手
雨粒の籠つたひをるほととぎす
湯呑みより蟻のでてくる飼屋かな
父の日の遠き一樹の青ほむら
風鈴や在家の尼の昼の酒
押入にむかしの匂ひ桐の花
一本の縄つかひをる夏の暮
終戦の日のかもめらに腋力
青空と戦後のあけびしづもれる
小鳥くる柱の細き能舞台
濡れしまま水引草を活けてあり
雨やみしのちのかなかなしぐれかな
烈震の島いかならむ草の絮
船長の肺活量や曼珠沙華
杉苗の折れて匂へる秋日かな
火に投げし鶏頭根ごと立ちあがる
みんみんやこんこん眠る艶ぼくろ
泣くこともめんだうな秋扇かな
初雁やたんと生きたと母の言ふ
月待つや松江の菓子のうすみどり
月光のものに立てかけ母の杖
波郷忌のかの薄雲をはおりたし
はればれと畝傍へ飛んで草の絮
柿噛りゐる店番の吉野の子
万歳をして冬に入る鵙の贄 (ばんざい)
旅の荷に括りつけある冬の柿