大木あまり詩画集「風を聴く木」『2-遺書』

 遺書


ある夕暮れ。
ひと塊の氷となって
わたしは死んでいるでしょう。


生きるために
必要のない
悲しみばかり
厚いコートのように
着ていました。
やっとコートが脱げます。
わたしにも春がきたのです。
なんと感傷的な夕暮れ。
最後に見るものは
みんなきれいです。蛇口から
こぼれる水滴さえも。


あなたの求める
天使にも魔女にも
なれなかった。
まして 聖女にも 娼婦にも
わたしは
わたしに逢うために
さまよっていたのです。


最後に見るものは
みんな優しい。
ゴキブリを捕まえる
紙の小さな家さえも。
わたしが死んだあとにも


霞草は咲くでしょう。
夕刊も来るでしょう。
何ひとつ変わることはないでしょう。


霞草の花束を
抱えて あなたは
いつか来て下さるでしょう。
地獄で待っています。
きっと地獄も
夕暮れがあり
感傷的なところでしょう。