大木あまり「句集 雲の塔」『第二章 草の花』

 第二章 草の花    八十五句


喪の家の焼いて縮める桜鯛
玩具箱遺されにけり花水木
昼顔や蕊のまはりのうすぼこり
ヘミングウエイに似し老人の夏袴
波ころしまでを陸とし麦の秋
父の日のひかりはなさぬ岩畳
小百足のみづみづしきを打ちにけり
家々のことりともせず蓮の花
日盛りの昼顔いろの便座かな
強情な子でありし日の花茨
鉄線のしたたかに蔓あやつれり
貝殻も爪もひといろ夏畳
眼の澄める九官鳥に日除かな
食卓の夕日まみれや花ざくろ
冬霞父の嘆きし世も果てぬ
籠を編む灯をもらしゐる氷かな
あふむけの鮫の子息をしてゐたり
寒風に売る金色の卵焼
求愛の羽の凍てをる孔雀かな
瀧をみる寒き数なり三人は
卵屋に大き嫁きて春霙
海鳥の流木なれば芽吹くべし
ほそながき鏡の掛かる鳥の恋
ふりむくをしらざる雛の面かな
春月に疲れし鹿を棲ませたし
舌打ちも覚えて樅の雀の子
刃を研いで花まつ顔となりゐたる
雪解けの村の一戸の剥製屋
折鶴のどこも尖りて雪解風
藤房のはじめはけぶりゐたりけり
柵の竹どれも割れをり苜蓿 (うまごやし)
家中のおぼろを引きて老母かな
男瀧女滝音をゆるめず種袋
花ざかり斧ふるふ音響きたる
花冷えの指環ひからせ老詩人
青空に雷気の走る花杏
蜂の巣に蜂の呪文よ形見分け
木漏れ日の灰ふるごとし山法師
流木に添寝をしたる水着かな
父の忌の黒く身ぶるひして揚羽
木耳の冷たき耳をひつぱれり
炎天の木のいきいきと向島
朝顔や煮こみの臓物のゆれどほし (もつ)
みんみんのしぐれのなかの銀の匙
朝顔の口を張つたる木馬亭
十年も寒がる欅と暮しけり
眠りては飢ゑをまぎらす隼か
あやまちのごと水仙の氷りたる
臘梅に指節鳴らすをとこかな
永眠の山もあるべし白菫
荒箒使ひこなせり蕗のたう
茱萸にきれいな日向ありにけり
滅びしは城のみならず花薊
老人の歯ぐきを使ふさくら餅
水晶の国やみなぎる鯉のぼり
少年の机に地図と空蝉と
山中の木々の匂へる冷し酒
教会の束ねて青き薔薇の棘
身ごもりしことなき蓮の巻葉かな
昼顔の冠つくり逝きにけり
湧き水に脂ぎつたる鬼やんま
麻の実や湖も眠たき日のあらむ
秋の馬水にかこまれゐて寧し
鰍食ぶ甲冑の冷えまうしろに
夕ぐれは草の香つよし霞網
稲妻の走りしあとか蘆ぬれて
白桃の種うつくしき近江かな
山ひとつ掘りつくさるる葛の花
白萩やこれよりさきはけものみち
蝉の眼をはこんでゐたる秋の蟻
人形のだれにも抱かれ草の花
稲の香も水の香もみな過ぎしもの
耳聡き汝の耳も紅葉せよ
青春や星を突く銛さがすごと
山火事の起きさうな日の鴉かな
サルトルの眼をして鮫は闘へり
家が家みおろしゐたる落葉かな
海わたる春雷塔を記憶せよ
春鷗群れてなまなましき破船
あげ潮に紙のながるる蓬かな
壷焼の角のみどりのたぎりをり
夏鳶や朝から河岸の魚地獄
糶傷の魚ばかりや朝ぐもり (註:せり=せりうりの略)
落潮の匂ひこもれる水眼鏡
俗物の浜昼顔をつまみをる