大木あまり「句集 雲の塔」『第三章 金閣』

 第三章 金閣    九十七句


合歓の木や目覚めのはやき蛇の舌
金閣をにらむ裸の翁かな
金閣の裾を団扇で煽ぎけり
梅雨茸をたふし金閣去りにけり
郭公や煙が煙押しあげて
竹林はこの世のくらさ蛇の衣
明易の日矢の一矢を畝傍山
奈良盆地猫も歩かぬ暑さかな
女身より塔の耐へたる西日中
亀石や退くを知らずの青田波
斑鳩の炎天をしる頭かな
流れなきところをながれ水馬
遠雷のけもの声して飛鳥川
蓮の花かつと開いて柳生かな
柳生街道とかげは尾つぽ置き忘れ
風鐸に藁ぶらさがり夏雀
竹林をはみだせる竹涼しけれ
秋風やミイラのやうに坐しをれば
砂粒の密なるひかり白秋忌
ほつといてくれと振りむくいぼむしり
遺髪となる髪をのばさむ草の花
鳳仙花あらはなる根をはりにけり
水鳥にパン焼きあがる匂ひかな
高畝の雪にうもるる烏罠
芸をする小鳥冬芽のいろしたる
生国や種の大きな冬の柚子
水仙の闇に慣れたる蕾かな
標本の針うつくしき十二月
流氷を鳥の柩とおもふべし
をとこといふ凍えきつたる孤島かな
鬱王の鮟鱇になにもしてやれぬ
後の世に逢はば二本の氷柱かな
鴉の子紙裂く音に首かしげ
氷より蘆の角でて戦火遠し
菊の芽や馬具の手入れをねんごろに
春霰水の昏みに入りけり
焚口の灰こんもりと椿かな
献体の屍を送る葱の花
鶯や薄刃に油ひきをれば
せんべいの瘤のさびしき日永かな
断崖に総立ちの鵜や春の暮
蒼猫忌とはわが忌日夏の雨
あかあかと死に上手なる金魚かな
黒髪にピンあまたさし翁の忌
種馬の反りしまつ毛や七五三
虫の音の地に還りけり能衣裳
霞網婚のベールもはるかなり
恋多きひとの遺せる籾筵
レーニンの脳の話や秋の暮
花つけて柊の葉の殺気かな
抱く母はスワンの重さ冬の階
針を買ふまひるの火事のひとだかり
火事跡の火をまぬがれし便器かな
遠山のさきの雨雲葱づくり
長靴を倒してゆきし狸かな
春惜しむ鶉卵の不思議な斑
春月の売りに出されしごとき色
火だるまとなりたる樽の五月かな
へその緒のごとく粽の紐解かれ
踏んばりしあとあきらかに蝉の殻
筒鳥や畦の歪みを直し去る
ざらしの鉢の草長け業平忌
もうなにも起こらぬ家の蚊遣かな
稲妻や刈られし草の青びかり
菊たべて灰となるまで姉妹
柚子を乗せ神学校の秤かな
水を嗅ぐモーツアルト忌の冬の虫
湯たんぽのあばらを洗ふ置屋かな
強霜や本家の鶏が蹴る卵
軍鶏のほかみんな絞められ霜の菊
老犬とのつぺらぼうの寒卵
蒼然と旅人を待つ泉かな
倒れたる牡丹を叱る牡丹守
空罐を握りつぶせり木下闇
百足虫焼く紙一枚の炎もて
茄子の苗ほつたらかして礼拝に
蜥蜴と吾どきどきしたる野原かな
鱧食べて悲しむことのまだありぬ
薔薇園の万の棘みて夢ごこち
紅薔薇は棘まであかき鋏かな
薔薇夫人若き遺影と住みにけり
薔薇の木の一株といふ重さかな
蔓薔薇の大きな棘をたたへけり
水底の茎あをあをと蓮かな
夕焼けにかもめ柱の立ちにけり
漣をびつしりぬらし白雨かな
海蛇の口の小さし星祭
蛸釣りや凪一枚をゆさぶれる
新盆の家に虫籠届きけり
凌霄に猫のあかるき肛門よ
猫の鈴つけかへてゐし生身魂
八月十五日海老ふかぶかと腰をまげ
猛禽の檻の匂へる晩夏かな
鞭のごとき若き牛蒡を束ねをり
秋風に口を鍛へてゐたる蜘蛛
同窓会邯鄲のこと語りけり
人の死を待ちゐる山や葛の花