2016-01-01から1年間の記事一覧

大木あまり「句集 火のいろに」『吉野』

吉野 1980〜1981 さくら咲く氷のひかり引き継ぎて 象の川は大河の音やつばめくる (註:きさ) 西行の清水を引きて蓬の香 芭蕉ほどまめに歩かず滝ざくら 旅一夜落花は甍洗ひけり 吉野過ぐ花千本をあをく見て 鴨引くやもづくに甘さ足らざれど (鎌倉 六句) …

大木あまり「句集 山の夢」『雪の山』

雪の山 一九七八年〜一九七九年 霰打つ男女の世より逃るべし 貧乏揺すり日向一つの寒雀 鴨は雫雑木に移す涅槃かな 沼底の濁りは知らず恋雀 阿呆一生雪山を見て杉を見て 父の骨土に根づくか春の雪 海と化すには鋭くて松の芯 黒人霊歌蜆の水の澄みにけり 昼月…

大木あまり「句集 山の夢」『盆用意』

盆用意 一九七七年 寒卵は尼の静けさ岬暮る 水仙や雀するりと墓日和 枯葦の影も他郷や酒盗買ふ しやちほこの目の支へあふ雪催 足柄や赤子気配の冬木の芽 多喜二忌や地に嫋嫋と濡れわかめ 涅槃西風けふ生かされて蛇眠し 指紋濃し一つは淡し涅槃西風 朧なり夜…

大木あまり「句集 山の夢」『願の道』

願の道 一九七六年 眠たさや寒禽和紙の微音して 二月雪飛火のごとく仕事来る 鴨の沼めぐりて母の遍路貌 春待つやドガの踊り子ジュース立て 花社氏子雀のはじけ飛ぶ 毛の国や春暁顔のちぢむなり 春寒し地蔵の見えぬ地蔵岳 春霖の来て十三夜といふ櫛屋 早春の…

大木あまり「句集 山の夢」『かき氷』

かき氷 一九七二年〜一九七五年 父よ母よゆすら実赤し和解欲る 陽気さが母を支へて木槿咲く 赤のまんま働かぬ日は天使貌 黄葉を浴びぬ飛びたき石蛙 枯葉飛行風はその日の演出家 命のごと拾ひぬ母の木の葉髪 花として散らすポプコーン鴨を呼ぶ 双子座に恋くる…

大木あまり著作集一覧

大木あまり先生は、すでに文学史上の人物だから、大木あまりと呼ぶ。その大木あまりの著書は、多くは絶版になっており、入手がむつかしい。俳句の作品集は、それでなくても発行部数がすくないから、見つけるのはなかなか困難である。さいわい、飛行船はぜん…

綴じ込みページ 猫-260

数学の脇坂先生は、60年安保のとき、バリバリの学生運動家だったらしい。デモシカ教師という言葉があるが、たぶん、教師以外の道は閉ざされて、教師にしかなれなかったのだろう。職員室の自分の机に、新刊のマルクス全集を積み上げていたが、ぼくにはイミテ…

綴じ込みページ 猫-259

高校生の頃、深夜のラジオ番組を聞きながら勉強することがよくあった。ある晩、その日は永六輔がパーソナリティをつとめていたが、これからぼくの好きな俳句を読みます、と断って、山頭火の句を読みはじめた。ぼくはぼんやりと聞いていたが、途中ではっとし…

綴じ込みページ 猫-258

高柳重信「大政奉還の説・再説」のつづき。 したがって、三鬼が、あの大政奉還の説の中で、すべての専門家は、この際、俳句を大衆の手に返還せよと発言したとき、そこで、彼が真に指摘したかったことは、その恥しらずに思いあがった、凡庸なる自称専門家の追…

綴じ込みページ 猫-257

高柳重信の「大政奉還の説・再説」を見てみよう。西東三鬼の憤懣とやりきれなさは、ぼくの俳句の先生にも、相通ずるものがあるようにおもう。 もう随分としばらく前に、いまは亡き西東三鬼が、いわゆる大政奉還の説というものを発表したことがあった。しかし…

綴じ込みページ 猫-256

高柳重信「俳壇八つ当り」のさわりをもうすこし。 だから、僕は、あの往復書簡の中で「問いが発せられたら、それに対して答えることは、それはたしかに必要なことです。しかし、あらゆる問に必ず答えなければならぬとしたら、一体、これはどうなるのでしょう…

綴じ込みページ 猫-255

高柳重信という人は、ずいぶんあっちこっちで喧嘩したようである。「俳壇八つ当り」でもその片鱗が見える。むかしはぼくも喧嘩っぱやかった口で、すぐにむかっ腹を立てていたが、最近は、というか、中年を過ぎてから非常に温厚になった。たぶん、怒るにはエ…

綴じ込みページ 猫-254

高柳重信全集第三巻の「俳壇八つ当り」をのぞいてみる。高柳の評論が、だんだんおもしろくなってきた。 「俳句評論」創刊号に寄せた神田秀夫の文章の末尾の一行にふれて、高柳は「この一行こそ、ここ数十年、僕が久しく俳壇に待望してやまなかったものであっ…

綴じ込みページ 猫-253

「さて、僕の思うところに従えば、日頃、僕の書く俳句作品と異なる俳壇の諸作品は、一言にして断ずれば、ことごとく俳壇に横行する迷信の所産に他ならぬ。」 高柳重信の「俳壇迷信論」の一節である。要点だけ挙げると、 「まず、あの一行書きの俳句。なぜ、…

綴じ込みページ 猫-252

連休になったらやろう、と自分に言い訳してずっと怠っていた小庭の草むしりと植木の手入れが、ようやく終わった。勢い余って、これから咲く(中心にピンク色を抱く、プロスペリティという名の)白薔薇の伸びすぎた枝をバサバサ落としたら、ほとんど坊主にな…

綴じ込みページ 猫-251

そらきた、と警戒する向きもあるだろうが、せっかくだから(なにがせっかくなものか)俳句帖にしたためた三十五句をあらためて並べてみる。題簽は「飛行船 猫句抄」。つつがなきや。 のどかさや頬にふれたる猫のひげ 三毛なればミーヤと名づけん春の雪 足に…

綴じ込みページ 猫-250

俳句帖に清書しているとき、おもいつきで二句に手を入れた。 数へ日や猫座布団に眠りをり 飛行船 数へ日や猫仏壇に眠りをり 桜のしべ降る三毛猫は寝てゐる 桜のしべ降るミーヤは寝てゐる いずれも二句目が清書した句である。 ぼくは、少々煩悶しているのであ…

綴じ込みページ 猫-249

句会のお仲間から京都旅行のお土産をいただいた。和綴じの小ぶりの俳句帖である。しばらく机に置いて眺めていたが、やはり拝受した折の自分の気持に従うことにした。すなわち、拙作の句で小さな句集を編もうとおもったのである。ずっとそのつもりでいながら…

綴じ込みページ 猫-248

高柳重信の文章は、明晰であるが面白味に欠ける。本当に真面目な俳人だったのだろう。とはいえ、その言葉は、案外、ぼくを励ましてくれるのである。馬脚を承知で、「高柳重信全集」から断片的に引用してみよう。 定型詩に関わることは、形式の歴史に関わるこ…

綴じ込みページ 猫-247

桜のしべ降る猫は寝てゐる 飛行船 この句をつくったのは、数年前のことである。季語と字数にうるさいいて丁さんは、「桜蕊降る」でなくてはいけないし、十七音を満たしていないのは問題だね、といった。ぼくは、山本健吉編の「最新俳句歳時記(春)」を参照…

綴じ込みページ 猫-246

ミーヤをもらうことになったとき、「花王のニャンとも清潔トイレがいいですよ」と教えてくれたのは、鶉さんだった。鶉さんちには、ウカちゃんという可愛い女の子がいる。れっきとした舶来の純血種で、まさに深窓の令嬢である。このお嬢は、けっこう強く噛む…

綴じ込みページ 猫-245

うちの炬燵は、夏場はテーブルになるタイプだけれど、ぼくはだんだん横着になって、いちいち布団をたたまなくなった。週一回の掃除のとき以外は、敷きっぱなしである。ただし、夏場は、薄物の上掛けだけれど。 自分が、なんだか坂口安吾のようで、なんなら無…

綴じ込みページ 猫-244

ミーヤがぼくのところにくることが決まってから、一夜漬けの勉強がはじまった。一夜漬けは、高校生の頃から得意である。切羽詰まると神経が研ぎ澄まされて、無駄なことが的確に判断できるようになる。無理なく、無駄なく、必要なことだけ選択するわけである…

綴じ込みページ 猫-243

四月二日がくると、ミーヤは十歳になる。人間の齢に換算すると五十六歳だそうだ。パパのところにきたときは四歳で、人間の齢でいったら三十二歳。それからすぐに五歳になって、一気に三十六歳になったわけか。ずいぶん元気なお嬢さんで、部屋中を跳びはねて…

綴じ込みページ 猫-242

パパが気持よく眠っているとき、ミーヤは背中をトントンて叩くよね。あれは、パパに上を向いて寝ろ、といってるんだよね。で、パパがからだを上向きに変えると、同時にパパのお腹にのっかってくるわけだ。最初はパパの顔をのぞきこむようにしているけど、す…

綴じ込みページ 猫-241

ミーヤと暮らすようになって、猫は、いったい、どこを触られるといやがるのか、ずいぶん煩悶した。いやがることをして、嫌われたくないからだ。 もと同僚の有金君は、スコティッシュフォールドという品種の猫を飼っているが、「性格は優しく温和、甘えん坊で…

綴じ込みページ 猫-240

いま、ミーヤは、手足としっぽ以外はすべてさわらせてくれる。しっぽは、軽くつかんでもいやがらないが、強く握るとふりかえって「ヤーダ」と鳴く。前足と後ろ足は、とりわけさわってほしくないようだ。腹ばいになっているとき、前足をそっとつまむと、上目…

綴じ込みページ 猫-239

そのとき、ぼくは、猫にいくつか約束をした。東日本大震災の夜、銀座から夢中で歩いて帰宅したのも、その約束のひとつを守るためだった。 「ぼくは、きみをけっしてひとりにはしないよ」 (つづく)

綴じ込みページ 猫-238

書類審査が通って、ぼくのところに猫が来ることになった。ぼくは、猫を飼ったことがなかったから、うまくやっていけるかどうか、ずいぶん心配だった。 猫を届けてくれたボランティアの母娘は、半日おしゃべりして、夕方帰っていった。帰りがけに、一週間いっ…

綴じ込みページ 猫-237

猫は、飼い主たちによると、ごはんと水と(トイレ用の)砂だけ用意しておけば、あとは平気で留守にできるし、帰りの時間を気にする必要もない、とのことだった。一日じゅうほっぽっといても、場合によっては(ごはんと水と砂があれば)二三日ほっぽりっぱな…