大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P86

 まだ誰のものでもあらぬ箱の桃


 二十三歳の私の悩みは、交通事故のときに何針も縫った顔の傷跡だった。瞼、眉間、左の頰の傷跡の、紅く桃の断面のような生々しさ。母は私のことを「桃姫」と呼び癒えない傷なんてない! と励ましてくれた。が、何処に行っても好奇の目で見られた。「大好きな桃になれたのだもの、我慢! 我慢!」そう自分に言い聞かせてポジティブに生きてきた。
 乳白色の初々しい桃を見るたびに、なぜか痛みを感じてしまうのである。
(『雲の塔』)