指輪

 のちに芸術院会員になった日本画家のH先生のお宅に、釜本次長が外商に行った。
 釜本次長は、店にじっとしていられない人で、手持不沙汰になると、やおら顧客のだれかに電話をかけて、外商に出かけて行くのだった。外商といっても、どちらかというとご用聞きを兼ねた暇つぶしである。とりあえずうかがって、お茶を飲みながら話をしているうちに、顧客のほうがなにか必要なものを思いついてくれて、注文がもらえるという按配である。
「店長、店長、H先生の奥様が、指輪を特注したいって」
 ニヤニヤしながら釜本次長がかえってきた。
「え? 指輪? すごいねえ、釜本君」
 鎌崎店長が、うれしそうに驚いてみせた。
「プラチナとダイヤで、コデマリのような指輪がほしいんだって」
「ふーん。H先生、景気がいいんだね」
「景気がいいかどうかわからないけど、丸い形で、まん中に1個大きなダイヤをつけて、まわりに細かいダイヤをちらばせるのがいいって」
 こんな感じのデザインで、といって釜本次長は絵を描くと、出入りの貴金属卸商に渡した。ちょっとのぞいたら、ミラーボールのようなデザインだった。
 10日後、できあがった指輪を持って、釜本次長はいそいそと出かけて行った。そして、すごすごと戻ってきた。
「どうした、釜本君?」
 いぶかしそうに、鎌崎店長が声をかけた。「指輪は売れたんだろ?」
「それが」
 釜本次長がきまり悪そうにした。
「おもってたのと違うって」
「まさか、キャンセルじゃないだろうね?」
「その、まさか」
「だって、先方のご注文どおりなんだろ?」
「うん。でも、ごらんに入れたら、イメージが違うっておっしゃるんだ」
 それから、釜本次長は、H先生の奥様にいわれたとおりにいった。
「これはコデマリには見えませんよ。まるで、ゲゲゲの鬼太郎の目玉のおやじじゃありませんか」