指輪 5

 ジンクスというのは、どんな世界にもある。フジヤ・マツムラは古い店だったから、ジンクスなんていくらでもあった。そのひとつが、一度売れて返品された商品は、その後まったく売れなくなる、というものだった。
 これは、おかしいくらい当たっていた。いったん出戻ると、ぴくとも動かない。あれほど魅力的で、どれよりも光彩を放っていたのが、まるで嘘のようにくすんで、うらぶれて見える。
 物品税は、最初に売れたとき申告して納めてあるから、つぎに売れたときにはかからない。けれども、店側としては、税金として納めた分も回収しなくてはならないから、つぎに購入するお客様から当然徴収することになる(このあと、くだくだしいですから、一気に「オーナーというのは」までおすすみください)。
 350万円の指輪を、300万円で売ると、物品税は45万円である。その45万円は、すでに納めてある。1カ月のうちに返品手続きをすれば、納めた45万円は返還される。しかし、期限が切れてからの返品だと、この45万円は返ってこない。
 普通、1カ月がすぎてからお客様の都合で返品されると、この物品税額だけお客様に支払っていただいた。返品自体が非常識であるのに、そこへもってきて1カ月も放っておいたのでは、受付けられなくて当たり前である。とはいえ、大目に見なくてはならないときもある。お客様は、やはり、神様なのである。返品は受付けるが、そのかわり、売れなければ納めずにすんだ物品税だけ頂戴することになる。
 ところで、貴金属や毛皮のように、上代(定価)の設定されていない商品は、販売店で自由に値段をつけることができる。たくさん儲けたかったら高く設定すればいいし、少ない儲けでも確実に売りたかったら、安く値付けすればよい。350万円の指輪が、300万円になるのはこの原理である。もし、300万円で高いとおもったら、もっと安くすればいいのである。
 ただ、この場合、厄介なのは税金の45万円である。返品された指輪を確実に売るには、もっとリーズナブルな、たとえば250万円というような金額にすればいいのだが、そうすると税金は37万5千円になり、納めた45万円に7万5千円足りなくなる。それを売り上げから補填すると、すなわち、売り上げは242万5千円にしかならない計算になる。
 オーナーというのは、350万円の売値が300万円になっただけで、50万円損したと考える種族である。たとえ、返品されて委託が買取になったとしても、いや、買取だからこそ損はしたくない。それを250万円で売るなんて、100万円の損ではないか。しかも、物品税を7万5千円よけいに支払うことになるなど、とても容認しがたいことである。いったん300万円にしてしまったものは仕方がない。しかし、と彼はつぶやく。もう、それ以上、ビタ一文負けるものか。
(つづく)