指輪 7

「いやあ、驚きましたねえ」
 ぼくは、お届けからもどって、鎌崎店長にそういった。
「えっ? とおもいましたよ。なんでここにいるんだろうって。それから、もしかして、公認になったのだろうかって」
「そういえば、似てるかな」
 鎌崎店長が、おかしげにいった。
「でも、なんとなく違って見えたんです。よかったですよ、よけいな挨拶しなくて」
「そうだね。そんなことしたら、大騒ぎになるところだ」
 ぼくがお届けにいった先は、鎌崎店長の顧客で、S運輸の社長N氏のお宅だった。
 N氏は、いわゆる2号さんを、赤坂のマンションに囲っていた。K様という、現役の赤坂芸者だった。もうK様はお座敷には出なくてもよかったのだろうが、あいかわらずお座敷に出ていた。芸者さんをつづけていたほうが、顔を合わせやすかったのかもしれない。 
 その10日前、めったにみえないN社長が、とつぜん来店されると、指輪を2個購入された。1個はお嬢様の誕生日祝いに、そして、もう1個は赤坂の愛人用だった。どちらも指のサイズに合わせて修理することになったが、ふたりは偶然同じサイズだった。
 その指輪は、石が違っているだけで、まったく同じデザインだった。18金台に、ひとつにはサファイヤ、もうひとつにはルビーが付いていた。どちらも1カラット近い大きさがあり、すっぽりとリングに埋まって、両脇に細かいダイヤがちりばめてあった。ケースのなかに並べて置くと、まるで双子のように見えた。
  ぼくが、N氏のお嬢様にお届けしたのは、サファイヤのほうだった。うかがうのははじめてだったから、あらかじめ地図で調べていった。門のところから声をかけると、なかにはいるようにいわれた。玄関のドアがあいて、おもわずぼくは息をのんだ。顔をみせたのが愛人のK様だったから、いや、K様にそっくりだったからだ。それが、お嬢様だった(「愛人が自分の娘に似てるなんて、なんだか気持わるくない?」と、荻馬場さんはいった)。
 双子のルビーのほうも、すぐに愛人のK様にお届けした。お届けには、またぼくが行った。そして、そのルビーの指輪は、すぐに返品されてしまった。K様は、サファイヤがほしかったのだ。 N社長は、どうやら、指輪を取り違えてプレゼントしてしまったようだった(そりゃあ、どう考えてもルビーが娘でしょう)。
 おかげで、このルビーの指輪は、その後、ずうっと売れ残ることになった。