指輪 8

 A氏の奥様は、車のドアで指を挟みました。車中で夫と喧嘩になって、プンプンしながらドアを閉めたところ、うっかり反対側の手を抜く前に閉まってしまったのです。左ハンドルの車の助手席に乗っていたので、挟んだのは左手でした。相当強く挟んだので、薬指にはめた結婚指輪がつぶれてしまいました。
 家にあわてて駆け込んで、石鹸で滑らせて抜こうとしましたが、きつく変形していて、とても抜けそうもありません。やむなく、友人に電話で相談したところ、かえってきた答えは、ペンチでもとにもどしたら、というものでした。
 夫のA氏が、まだ腹を立てながらペンチを持ちだして、試してみました。薄っぺらにおもえた結婚指輪でしたが、これがどうして、硬くてなかなかもどりません。変に力が加わったのか、もっとゆがんで指を締めつけるようになりました。指輪から先の部分の色が変わって、見る見るむくんできました。
「あなたのせいよ」
 奥様はいいました。「なにもかも、あなたのせいなんだわ」
 奥様は、次第に激痛に襲われるようになりました。そして、脂汗を流しながら、夫をにらみました。
「あなたは、そうしてなにもしないで、わたしが苦しめばいいとおもってるんでしょう」
 おろおろしたA氏は、あわてて救急車を呼びました。もう喧嘩どころの騒ぎではありません。
 救急隊員は、奥様の指を見て、大急ぎで救急車に乗せました。もちろん、A氏もいっしょです。そして、駆けつけた先は、消防署でした。消防署には、こういう場合のリング・カッターが用意してあるのです。 リング・カッターのおかげで、指輪は難なく切り離せました。
 もし、A氏の車が右ハンドルだったら、同じケースで奥様は右手を挟むことになったでしょう。車が右ハンドルでなかったのは、A氏にとってはさいわいでした。なぜって、右手の指にした5カラットのダイアモンドが砕けた日には、奥様の怒りはとても結婚指輪を切断した比ではなかったでしょうから。