指輪 9

 祇園の芸者衆のひとり、古井豆奴(仮名)様に、「なるたけ大きな宝石のついた指輪がほしいのどすけど」といわれた。京都高島屋で展示会をしたときのことだ。
「予算は百万円くらいかなあ」と豆奴さまはバッグのなかから甘露飴を取り出して、「これくらいの大きさの指輪がほしいんやけど」と付け加えた。そして、「いそがしまへんえ、こんど京都におこしやすとき、見せてもろたらええのどす」とおっしゃった。
 ひと口に大きな指輪といっても、まず石の問題がある。大雑把にいって、ダイヤでもルビーでもサファイヤでも、1カラット(小豆粒大)の大きさで当時は百万円だった(エメラルドはもっとしました)。
 東京にもどってから、仕入れ先の宝石商に問い合わせると、すぐにいくつかの指輪がとどけられた。どれも、宝石としてはワンランク落ちる種類の石で、メインの石だけでは金額が張らないので、まわりにキラキラと小さなダイヤをちりばめてあった。
 次に京都に行った折りに、用意した指輪を豆奴様にご覧いただくと、そのなかからふたつ残された。ひとつはマベ・パール、もうひとつは翡翠だった。どちらも甘露飴を半分に割ったような形で、周囲を小粒のダイヤがグルリと取り巻いていた。
「どちらがよろしいやろか?」
 豆奴様は、お母様とお姉様をふり返った。
「あんたのええおもうほう、選んだらよろしいがな」
 お母様が、せっかちにいわれた。「あんたがするんやさかい」
「豆奴ちゃんには、パールのほうは印象が弱いんちがう?」
 お姉様が、遠慮がちにいわれた。「翡翠のほうがよう引き立って見えはるわ」
「そうやなあ、お姉ちゃん、わたしもそうおもってん。けどな、タカシマはん、うちどちらもすきやねん。どやろ、ふたつで百万円にならしませんやろか」
(つづく)