ネクタイ 6

「せっかくだから、ネクタイでも貰おうかな」
 展示会にみえた電通のT氏がいった。展示会のときは、どなたでも1割引だから、どうせ買うなら展示会に、という方が案外多かった。
 展示会は4階のホールで催された。ふだん倉庫に出し切れないでしまってある在庫商品を全部並べた上に、店内の商品もほとんどそちらに運び上げていたが、ネクタイはそのまま店の陳列ケースに並べてあった。フリーの方は、1割引は魅力であっても、わざわざ4階会場まで上がらないからである。
「どれがいいか、あなたが選んでみてよ」
 T氏は、ぼくの顧客というわけではなかったが(たまにしかみえないので、担当者がいなかった)、よくぼくに声をかけてくださった。T氏は、海外支社の責任者を歴任してきていた。それも人事畑で。
「これは、いかがですか?」
 紺に黄色の縞のネクタイを差し出した。
「あ、これ、いいねえ。これ、好きだなあ」
 ネクタイを手に取ると、胸のところに当てて、鏡に映して見た。そして、鏡のなかのぼくに向かって、
「なんで、これが、ぼくに似合うとおもった?」
 と、きいた。
「さあ。直感みたいなものでしょうか」
 これにするから包んでおいて、といって、T氏は4階会場に上がっていった。4階の会場には、お茶席が設けてあって、鎌倉の会長(宗偏流の大幹部だからね、なんたって。偏はぎょうにんべん)の入れたお茶と和菓子が出てくるのだ。
 しばらくして、T氏は4階から下りてきた。
「あの、ひげを生やした人、オーナーかな。そばに寄ってきたので、あなたがネクタイを選んだ話をしたんだ。ああいう感覚は凄いとおもうけど、天性のものかねってきいたんだ」
 T氏はいたずらっぽい目でぼくの顔を見た。
「そうしたら、いや、みんなお客様のおかげですっていうんだ、無表情で。お客様に教えていただいて、彼も選べるようになったんです、って。へえ、そんなもんかなあっていったの。すると、ひげ氏は無表情のまま、ですが、選ぶのはだれでもできるようになりますが、それから先はセンスなんです、お気に召したとしたら、きっとそこでしょう、といったよ。めったに買わないけど、あなたに担当してもらおうかな」