コート 7

 黒眼鏡の作家が、婦人物のコートに目をとめた。
 それは、黒のゴム引きのコートで、袖も身頃もばかにタップリしていた。コートというより長めのポンチョで、試着してみるとまるで大烏のようだった。
「これ、ください」
「婦人物ですが、よろしいですか」
 ハゲ天(鎌崎店長のこと)がたずねた。
「いけないですか」
「いえ、そんなことはありませんが、前あわせが女性用なもので」
 作家は、ちょっと鏡をのぞいてみた。首の左奥に、ひとつだけボタンがついていた。たしかにあわせは右前だが、見た目にはそれとわかりづらかった。
「いいです。これください」
 作家はうれしそうに、もう1度コートを眺めた。
 次に来店されたとき、作家は黒のソフトをかぶって、黒づくめの服装で、例の大烏のコートを衿を立てて羽織っていた。コートを見つけたとき、とっさにこの格好をイメージしたのかもしれない。まっくろけな夕陽のガンマンのようだった。
 このコートはずいぶん愛用されたらしく、クリーニングしてほしいと持ってこられたときには、相当にくたびれていた。黒眼鏡の作家は、酔っぱらってどうしたこうしたと、口のなかで早口につぶやいた。汚れていて、なにかがこびりついていた。
「洗濯屋に持っていったら、クリーニングはできないっていうんです。そんなばかなことがあるものか、とおもったけれど、どうなんですかね。これ、割合、気に入ってるんですが」
 すぐに洗濯表示を見てみると、全部にバツがついていた。つまり、洗濯できないコートというわけである。ヨーロッパには、たまに、クリーニングできない衣類というのがある。
 黒眼鏡の奥で、作家の細い目がさびしそうに笑ったように見えた。