指輪 13

 古井豆奴様とお姉様の駄々茶様、それから置屋さんのお母様は、家族であっても血縁はない。血縁はないけれど、血よりも濃い関係で結ばれている。ひとつ屋根の下で、赤の他人が、親きょうだいよりも、もっと強い絆で結ばれているのである。
「お母さんの好きな人が、来られましたえ」
 豆奴様が奥の部屋に声をかける。
 よろしかったら、お上がりやす、といわれたことがあったかもしれない。しかし、ぼくは、いつもお玄関先の上がり框で用をすませた。用というのは、もちろん、商売のことである(お勝手口が広かったら、もちろん、お勝手口から声をかける)。夏など、アイス・コーヒーをとってくださって、ご商売させていただいたあと、ここに腰かけてご馳走になった。 暑いさかい、上着、脱がれたらよろし、といっていただくこともしばしばあったが、ぼくは上着を脱がなかった。
 奥の部屋から、お母様が飛んでくる。もう顔が笑っている。
「おいでやす。いつ京都に来られましたんや。昨夜どすか。ほな、いちばんに来てくれはったんやなあ。豆奴も駄々茶も、首長うしてお待ちしてましたんどすえ」
「なにいうてはるんやろ。お母さんが一等待ってやしたんやおへんか」
 豆奴様があきれたような顔をする(これって、商人冥利につきるではありませんか)。
「なにか、わての着れそうなもん、ありますやろか」
「ほらほら、お母さん、独り占めはあきませんよってに。こんどは、わたしの指輪持ってきてくれはったんやないの」
(つづく)