銀座百点 号外34

 次に、いて丁さん選のわさびさん句。


    ウルビノのヴィナスのおなか春来る
    春の日に命貯めてる眠り猫
    残り月酔ひ覚め水なま温かし
    モジリアニ花冷えた眼を残しけり
    朧月遊体離脱してみたし
    友の嘘独活の苦さのほどなれど
    タンポポとヒポポタマスに天気雨
    逆光の日傘の中のエゴイスト
    屋上にペンギン潜むや南風
    端居してももひざすねと暮れてゆく
    稲妻に光る鯨は海に満つ
    黄昏れて夏草の帯締めなおす
    本棚の埃払って秋近し
    満月とカマンベールと君の膝
    新月や結び目固き割烹着
    言の葉を刈り込み刈り込み秋野行く
    蕪漬けてさくさくと食む良夜かな
    月さして宇宙に浮かぶ四畳半
    白球やグリーンに落ちて穴惑い
    神様と魔物は兄弟酉の市
    ぷっちんと風船蔓つぶす夜
    侘助やたれに遠慮で猪口に咲く
    欠片をつなぎあわせて雪女
    蓮根や穴に去年が落ちている
    亡き人の女出入りや落椿
    桐箪笥とじて残り香鳥雲に
    火の粉散る屋台路地ゆく多喜二の死
    春の雨木賊の陰から猫帰る
    絵の教室うまいもへたも春一番
    ボンネット猫の足跡降る桜
    子供らの素足眺めて山笑う
    弥生尽告知終えたるガブリエル
    ただ一人青嵐を聞く昼下り
    葉桜や二十世紀を遠く見る
    牧の春ゆっくり老馬放つひと
    木下闇自転車の後ろに何かいる
    土間といふタイムカプセル蝉時雨
    夏座敷飼ひ殺したる思いあり
    教鞭を執りて昔や野分雲
    イパネマの娘で始める夜長かな
    手の平の豆腐あられに星明り
    唐獅子が湯浴みしている谷の秋
    勲章といふものありて文化の日
    鹿鳴いて八方美人の友来る
    ゆりかもめ前に後ろに隅田川
    風花や音なく過ぎる飛行船
    カフェラテで手を暖めて初詣
    肉まんをわけっこしている冬帽子
    かりそめの恋でもうれし春の宵
    なにもかもいやになりけり日記買ふ
    花冷えやハスキー犬の目は青く
    そら豆や愛嬌者で実もある
    地に落ちた苺のやうな悲しみよ
    夏館ドラマチックを待っている
    モノクロの映画見ている緑夜かな
    わたくしも時計も昭和風立ちぬ
    片陰を引き込む路地に老舗あり
    いつのまに坂を下りて鉦叩
    釣り忍水滴りて主は留守
    露草は親指姫を知っている
    蜻蛉や川辺のブルーハウスにも
    沖縄やゴーヤは赤き種を吐く
    エロスとはたとえばたらのような肌