銀座百点 号外37

 選句するということは、目の確かさを問われることだ。お仲間のだれもが、いえいえ私なんか、という顔をしながら、自分の感覚を強く信じている(「目のつけどころがちがうでしょ」)。それは、火を見るより明らかである。であるならば、不肖飛行船もおくれをとるわけにはいかない。こんどは、飛行船選によるわさびさん句である。


    冬の旅トンネルごとに川端康成
    春雨や傘さす人と別れたり
    無人駅夏草踏んで下り立ちぬ
    朧月遊体離脱してみたし
    タンポポとヒポポタマスに天気雨
    桜隧道少年と犬疾走す
    満月を剥けばこぼるる夏みかん
    逆光の日傘の中のエゴイスト
    端居してももひざすねと暮れていく
    遠雷や引越し済んで一人なり
    幸福の手紙を配るみずすまし
    新月や結び目固き割烹着
    路地奥に紫式部がひそみけり
    美しく枯れるは無理と紅を引く
    冬ざれて夜間飛行よ母の香よ
    蕪漬けてさくさくと食む良夜かな
    月さして宇宙に浮かぶ四畳半
    柿みのる門前町蕎麦屋かな
    神様と魔物は兄弟酉の市
    ぷっちんと風船蔓つぶす夜
    とりかぶと薄紫の悪夢かな
    欠片をつなぎあわせて雪女
    蓮根や穴に去年が落ちている
    柊や怖がる鬼をもてあそぶ
    手袋をぬいで嘘つく日本髪
    火の粉散る屋台路地ゆく多喜二の忌
    飛行士は薔薇と王子は思へりき
    三鬼の忌色つき卵食ふ露人
    ボンネット猫の足跡降る桜
    ハムレット悩めるときも猫の恋
    せっかちの庭に咲いてる遅桜
    葉桜や二十世紀を遠く見る
    香水の力借りる日憂鬱な日
    夏暖簾くぐりて母は夢に立つ
    八月の形に噴水ちりぬるを
    休暇明け横顔幼き担当医
    終戦日書類音なく崩れたり
    夏座敷飼ひ殺したる思ひあり
    沈黙を黒蝶にして解き放つ
    イパネマの娘で始める長き夜
    コスモスの丘に立ってる霊能師
    勲章といふものありて文化の日
    秋晴れや靴を磨いて並べたり
    タロットカードめくりて酉の市
    ツイードのジャケットを着て覚悟せり
    板の間に油塗りおる近松
    なにもかもいやになりけり日記買ふ
    風花や音なく過ぎる飛行船
    庭先に鮫などいれば用心なり  
    山茶花や呼んでもらへぬクラス会
    もどかしい恋は栄螺の尻尾かな
    かりそめの恋でもうれし春の宵
    白魚の指マッチ擦る修司の忌
    つばくらめ両親といる夢を見た
    大男気はちひさくて桜餅
    いつ見ても独り住まいや女郎蜘蛛
    楽しまぬ心浮かせてプールかな
    いつの間に坂を下りて鉦叩
    盆といふ思考停止の日は過ぎぬ
    露草は親指姫を知っている
    芋虫の別珍の肌を良しとする
    ダイヤモンドゲーム広げる雁は行く
    月の夜に言わぬが花が咲きにけり
    エロスとはたとえばたらのような肌